僕と配下
〜捨てらレモンの行進曲〜
《中編》


 僕も結構、非日常には慣れてきたと思ってた。
 ……うん、慢心してたよ。世の中はまだまだ奥が深いや。

「よし、次は探知機だ! 早くしろ!」
「たーんー、ん〜〜〜っ、ぱはぁっ」

 明らかにレモンの体積の二倍はある機械。それを口からもりもりと吐き出す光景を見ながら、僕は自分の底の浅さを思い知っていた。

 宇宙は神秘によってできている。だから、まあ、そこから生まれた生命体。こういうこともできる。できるんだ。だから解剖したいとか、そういう知的好奇心を動かしちゃダメなんだ。うかつに変なことをしたら、宇宙戦争の可能性もありうるじゃないか。
 卵とレモンになら、勝てそうな気もするけど。
 地球の食糧不足問題も、少し解決するかもしれない。

「どうしたのでありますか?」
「うん。……いや、すごいな、と思って」
「あーうん。ありえないよね。いろいろと」
 制服姿の真奈美も同意してくれる。それを見たありますレモンは、誇らしそうに全身を反らせて、そのまま後ろ向きにすっころんだ。
「わ、我らスパパ族、この程度の収納技術はおてのものなのでありますっ!」
 収納なんだ、あれ。
 じたばたしながらも必死でしゃべるレモンを、真奈美が起き上がらせている。
「うぬ、一通りそろったぞ、しもべ! 感謝しろ!」
「でたー」
 変な機械を三つほど前にして、二つのレモンがぴょんぴょん跳ねた。
「この魔技術式探知機によって、まずは相手の根城を暴くのだ!」
 そう行って、スーパーのレジのような形の銀色に輝く機械の上に乗って、弾力でぽよんと飛び上がる隊長レモン。
 ……ぽよん?
 僕は無言で、その機械に触ってみた。

 やわらかい。

 まるでマシュマロのように、ぽよんぽよんとした弾力性豊かな、豊かな……これはなんだ?
 いやいや、落ち着け僕。相手は別世界の住人だ。きっとこっちでは未知の金属とか技術があるんだろう。見た目はどう見ても固い金属。食べてみたいとか思ってはいけない。

 レモンならともかく。

「――ああ、うん。そうか、やわらかいから収納できるんだ」
 危険な方向へ行きそうな思考を踏みとどめ、僕は無難な感想を口にした。
 人間は空腹の状態が続くと、食へのこだわりがなくなる。
 このままだといろんな意味で危なくなりそうだ。気をつけよう。
 あの悪徳男がさんざん下部家を罵って去って行ったあとの、午後四時半。
 僕と真奈美とレモン三人。合計五名が僕の部屋の真ん中に機械を囲むようにして座り、隊長レモンが威風堂々と口火を切った。
「それではこれから、『対あくとく殲滅作戦』の臨時会議を始める! 返事!!」
「了解であります!」
「へー」
「うん、よろしく」
「はーい、ちょっと質問がありまーす」
 てんでバラバラな返事の中で、真奈美が元気よく手を上げた。
「ぬ、なんだ!」
「あなた達の名前はなんていうのですか?」
「は? 何を言っている。我らスパパ族に、個人の名などない!」
 真奈美はさも驚いたように目を丸くする。
「ええ!? そんなの困らないの?」
「真奈美、彼らは戦闘種族だからそんなものいらないんだって。名より名誉、らしいよ」
 変わった主張だけど、本人たちが困っていないなら僕にどうこう言う理由はなかった。あだ名なら良いらしいから、こっそり心の中で『隊長』『あります』『語尾のばし』って呼ばせてもらっている。
 われながら適当なネーミングセンスだ。
「……わかった。じゃあ私が勝手につける。名前呼べないと困るもの」
 名前は大切、と言ってぬいぐるみにまで名前をつける真奈美は、少し怒ったように眉をよせてあさっての方向を見つめた。すぐに嬉しそうに両手を叩くと、レモン一人ずつに指差し指名していく。

「うん、じゃあ隊長さんから順に、『レレ』、『モモ』、『ンー』ね。決定!」

 さすが僕の妹。すばらしいネーミングセンスだった。
「れっ、レレ!?」
「もももも、モモでありますか!?」
「んー?」
 混乱しているレモン三人衆に対し、真奈美はご満悦な笑顔でうなづいた。
「そ。いいでしょ? じゃあレレ隊長、先をどうぞ」
「う、うぬっ? わかった。いや、う、うむ……いや、もういい! 進めるぞ!」
 彼なりの葛藤はあったようだが、レレ隊長は開き直ったように体を上げて、仕切り直しにまち針みたいな腕を振る。
「敵を潰すには、まずは本拠地だ! この探知機は相手のいる場所を即座に見つけ――」
「あ、レレ隊長」
 再び真奈美が手を上げる。
「なっ、今度は何だ!?」
「あいつの居場所なら知ってるよ」
 びしり、と。石化したかのようにレレ隊長は固まった。せっかく出したものがムダになったのだから、まあ当然だろう。
 代わりに僕が真奈美に聞く。
「で、そこはどこ?」
「ほら、家から林沿いに20分くらい歩いた場所におっきな空き家があったでしょ? なんかあそこに出入りしているみたいだよ」
「……それって、取り立てをするために?」
「うん。後つけてみたときは、毎回そこに入っていった」
「それはまた……」

 とことんうさんくさい。

 わが家だけのために、そんな場所で持久戦をする意味がわからない。他に取り立てる相手はいないのだろうか?
 第一、この家だって別に高く売れるほどの価値もないはずだ。ボロ家だし、土地だって目をつけるほど良い場所じゃない。周りは林や森や田んぼ、駅も一時間以上はかかるぐらい遠いし、流行りの店もなにもない。新しくなにか建てたところで、流行らないのは目に見えている。
 取り立てるメリットは、父さんの気が弱いからやりやすいくらいのものか。
 佐々木さんの行方がつかめないから、こっちから絞り取った方が楽だと決めつけたのかもしれない。
「でも、なんか怪しいなぁ……」
 なんとなく、計画がずさんな気がする。プロっぽくない。やるならもっと徹底的にスマートにやるべきだ。取り立てに来る男だって、10分もしないのに帰るのはどうかと思う。根性がないのに一人だけで来るなんて、致命的じゃないか。
 考えに没頭している間に、レモンたちの方でも会話が進んでいた。
「隊長! 本拠地がわかっているのなら、こちらから攻めるべきだと思うのであります!」
「……う、うぬ! そうだなその通りだっ!」
「せめー」
「よし仕掛けてくるぞ、しもべ! アホ面下げて待っているがいい!!」
 レレ隊長はンーの口に探知機をつめこむと、他のよくわからない機械を頭にのせて走り出そうとする。

「待ってよ、レレ隊長。行くなら夜の方がいいし、こっちにも準備ってものがあるから」
「そうそう、さすがに制服じゃ寒いし。それに場所わからないでしょ?」

「……何? まさか、貴様らも来るのか?」
 僕たちの言葉に、レレ隊長はいぶかしげにこちらをむいた。やじろべえのような絶妙なバランスで、頭の上の荷物がゆらゆらと揺れる。
「――あのね、少なくても僕にとっての『手を貸してもらう』は、協力して目的を達成するってことだから。僕の父さんの不始末なんだし、他人任せは気持ち悪いよ」
 それに、彼らに任せると何をしでかすものかわかったもんじゃない。
 よく考えると殲滅とか言ってるし。

 状況を悪化させてどうする。

「というか、今までの会議って私たち抜きの作戦だったの?」
 真奈美も不服そうに腕組みをして強気に目をつり上げた。モモはあわてた様子でぴょんぴょん跳ねる。
「しかし、危険であります!」
 いや、レモンが三人、謎の館に突っこむのも危険だと思うけど。
 食べるか潰すか、二択だろうな。あ、マスコミに売って金儲けか、この場合。

 ……金儲け、か……。

「大丈夫、今回は偵察みたいなものだから」
 僕は内心の考えをおくびにも出さないで、にっこり笑ってみせた。
 手助けしてくれる相手に、いくらなんでもそんなことをするのはいけない。それは最低行為だ。宇宙戦争勃発だ。
 だったら陛下に今までの食費を請求した方がマシだろう。うん、そうしよう。決定。

 だから陛下、早く来てください。

「……いいだろう。なかなかの決意だ。せいぜい足手まといにはなるなよ」
 レレ隊長の言葉も遠く、僕は一心不乱に空へむかって祈っていた。BGMはお腹の鳴る切ない音。


 作戦始動まで、あと三時間。

前編へ/後編へ

 トップに戻る/小説畑に戻る