その者、限りなく危険につき


 争い。それはいつの世も、どんな世界にも必ず存在する。
 時代が流れか進化の代償か、その手段は多種多様。拳と拳のぶつかり合いから、重火器、爆弾、自然の力を利用した人工的災害、さらには洗脳による精神破壊なんてのも。
 ――でもさ。さすがにこりゃないんじゃないかと、異世界人である私は思うわけですよ。




 平凡すぎる人生にちょっとした刺激を。
 そんな一大決心で女だてらに始めた、電車で日本横断の旅。夏の日差しに小さな刺激を求めた末に、なぜか駅弁のちくわに吸い込まれ唐突に跳ばされた異世界の食堂で、今まさに新たな争いが起ころうとしていた。

「クッ……! 懲りない奴らめ」

 私を拾ってくれた恩人でもあるペロロッチは苦々しそうに呟くと、見るからにうっとおしい灰色ローブの裾を握りしめる。青白い顔からは汗が流れ、全身が揺れるほどの苦しげな呼吸をゼィゼィと絶え間なく繰り返していた。ひょろりとした長身であるはずのその姿は、なんだか私よりも小さく見えてしまう。
 ウエスタンチックな建物の中、申し訳ないけどその姿は違和感ありありで、いろんな意味で心配になってくる。
 その対面上、距離にして2メートルの出入り口のドア付近に佇んでいるのが、今回の刺客。……どうもまた、私を亡き者にしようと企む組織の一員らしい。こちらは一体どういうオシャレなのか、全身を包帯でグルグル巻きにしていた。純白の隙間から覗く目は、半月のように歪んで血走っている。
 ……はっきり言って、この中では単なるジーパンにTシャツ、バイト用のオレンジと白のストライプのエプロンをつけているこの私が、誰よりも一番周囲の風景に馴染んでいるんじゃないだろうか。
 ううむ。それでいいのか、現地人。
 そんなことをペロロッチのななめ後ろ、背中に触れるカウンターを意識しながら考えている間に、刺客がくぐもった声を漏らした。
「くっくっく。逃がしはしないぞ、『ミズキ』!」
 そう言って、爪の先まできっちり包帯につつまれている指先をゆっくりと――ペロロッチへと向ける。
 ……。いや、確かに私は髪が短いし、ペロロッチは中性的な顔立ちだけどさ。
 私に対する嫌がらせなのか、それは。
「……あの、ミズキは私なんだけど」
 思わず出た言葉に、客も店員も逃げてしまった食堂内は完全に沈黙し、

「は、恥ずかしい勘違グハッ!」

 よりによってペロロッチがテニスボールを腹に直撃されたかのように体を九の字に曲げてたたらを踏む。
 うわ、またやっちゃった!
「ペロロッチ!」
 あわてて声をかけると、今度は刺客の男がびくりと震え、頭痛をこらえるみたいに頭を押さえた。
「くぅ! 恥ずかしい名前っ、恥ずかしい名前といえばっ」
「――っ、そう、俺には初恋の女の子がいた」
 刺客の言葉を遮ってペロロッチが苦悶の表情を浮かべながら口早に語りだす。
「今でも目を瞑れば、彼女の愛らしい顔が浮かんでくる。優しく誰にでも平等に接する彼女は、病弱な俺にも笑顔を向けてくれた。そんな彼女に恋心を抱くのに時間はかからなかったさ。そして勇気を出して彼女に想いを告げようとした。――その時、彼女はあの愛してやまない笑顔で、俺に言ったんだ」
 ペロロッチの声が、裏返ったように一段階高くなる。
「『あのね、あなたの名前、お家で飼ってるマダラキノコトカゲと一緒なの。だからあなたのこと、これからペットちゃんって呼んでいい?』」
「っ!! く、しかしこの程度ならばっ……!」
 息をのみ、充血しきった目を見開きながらもなお抵抗しようとする刺客に、ペロロッチは高らかと言い放つ。

「話はすっかりあっさり広まって、今でも地元に帰れば、俺の名前は『ペットちゃん』だぁーーーっ!」
「ぐふぁああああ!」

 刺客は突如発生した衝撃波に呑まれ、木製テーブルの一つを巻き込んで地面へと激突した。ドンガラガッシャンと激しい音と振動が響く。
 そしてペロロッチもうずくまってブツブツと呟きだす。
「ああソティア。君はもう結婚したのにどうしてそんな無邪気な顔でペットペットと。しかもトカゲのペロロッチも十年経ってもいまだ存命だなんてまさに俺の存在意義ってトカゲと同一かそれ以下かむしろカスかカスなのか。あああ……」
「しっかりペロロッチ! 良い名前じゃない! ほら、なんか語感がいいし呼びやすいし舌ざわりもいいし。きっと親御さんも『どんな相手でも舐めてかかれるような男に』って願いをこめてつけてくれたんだよ!」
 彼の肩をつかんで必死に呼びかけると、光を失った瞳がじょじょに生気を取り戻す。そのかわり表情はさらに苦しげに歪んだ。
「い、癒されているのか抉られているのかっ。さ、さすがミズキっ。さ、さあ今のうち、に、逃げろっ」
 そう言うペロロッチの顔は青白いを通り越して真っ白に。唇なんて痙攣してるみたいにブルブルしている。汗で濡れた群青色の髪の毛が、その顔色の悪さをより一層引き立たせていた。
 一言でいうと、要・安静。
「あー……あ、あのさ、無理しなくていいから。ね?」
「なっ、何を言っているんだっ。君は命を狙われているんだぞっ」
 でも、どっちかっていうと死にそうなのはペロロッチだし。……と言ったらなんだかトドメを刺してしまいそうで口ごもってしまった。その瞬間。
 倒れたテーブルの下から、刺客の声が響き渡る!

「――オレには生き別れの兄がいた。家は貧乏で両親はすでに他界し、幼いオレをたった三つしか違わない兄は必死で育ててくれた。寂しげな笑みを浮かべて、それでも兄はいつでも優しかった。貧乏でも、オレは幸せだった」

「っ、しまった……!」
 隙をみせたことに後悔しながらも、ペロロッチはその場を動けない。一度その『技』が始まれば、最後まで聞き終え、耐え抜く以外に逃れる手段はないのだ。
 刺客はよろよろと膝立ちをしながら、荒い息の中で語りを続ける。

「だが小さな村にも賊は容赦なかった。混乱の中、生き別れてしまった兄を探して幾数年。もう大人と呼ばれる年齢に達したころに、疲れきったオレは一つのドアを開いた。……そこに、兄はいた。まさに奇跡。そう奇跡。だが――兄は、女になっていた」

「は?」
 私のマヌケ声だけが食堂に響く。横にいるペロロッチといえば、すでに耐えるように息を止めて硬直していた。
 刺客は激情に駆られたのかふらつきながらも立ち上がると、絶叫するように声を張り上げる。

「珍妙な布の少ない服を着てごつい顔に厚化粧を塗りたくり! 覗く筋肉をピクピク震わせ汗を飛ばしながら、兄は酒場で笑い声に包まれて踊っていたんだ! よりによって新人どころか、古参の馴染みの踊り子としてだぁああああ!」

「うっ、くっ!」

「しかもありえないぐらい良い笑顔だったぁああああ!」

「ぐっううぁあーーーー!」

 風もないのに、すぐ傍の人物が残像になって消える。

「ペペロッティ! って、あ、違うペロロッチごめん!」

 車が衝突したごとくもの凄い勢いで私を置いて吹っ飛んでいくペロロッチ。しかも動転した私が名前を呼び間違えたせいか一度壁に衝突した後、さらに上から衝撃波を受け地面に叩きつけられてしまった。
 うああごめん、本当にごめん! でも実は呼びにくいんだ、その名前!
「くっ、くくく。しょせんは『名前が恥ずかしいペロロッチ』。その程度の実力か。……うう兄さんせめて化粧は薄めの方が見栄えがいいというのにそんなの誰に教わったんだ……」
 駆け寄る背後で刺客の声が響く。たぶん彼もうずくまってブツブツ呟いているのだろう。おかげで時間の余裕だけはたっぷりだ。ぐったりと床に倒れているペロロッチをなんとか引っ張って抱き起こすと、彼は力尽きそうながらも辛うじて瞼をうっすらと開いた。
「……さ、さすがは、『ダンシングブラザーのトニア』。まさ、か、こんなっ、に、恐ろしい力だっ、たと、は……ゴホッ」
「うーん。その二つ名で予想はできそうだけど」
「グハッ!」
 今にも吐血しそうなペロロッチは、私の言葉にびくんと痙攣して焦点をぼやけさせてしまう。
「し、しろう、とで、守護すべ、き、対象に、基本的なツッコミ、を、されっ」
「ごめん。ウソです。今ものすごく適当にいいました。うん、もういいからペロロッチは休んでて。ね?」
 不覚。どうやら、また繊細すぎる彼に触れてはいけないトラウマを増やしてしまったようだ。
 ああもう、なんてマヌケな上に諸刃の剣な武器なんだろう。

 そう。この異世界にある唯一にして絶対の武器とは――己のトラウマ語りだった。

 傷ついた体験をする程に強さは増し、その語りによりダメージを与える。
 より大きな力を求める猛者たちは新たなトラウマを作るべく、そりゃもうわざと悪事をしてみたり食い逃げしたり好きな相手に振られてみたり正義の味方っぽいライバルを探したりを繰り返しているらしい。
 でもそれは、望んで作った人工物のトラウマ。この世界には、純粋交じりっけなしのトラウマを常に呼び込む存在がいる。その一人が……私の恩人、ペロロッチだった。
 でも私から言わせてもらえば、彼はただ単にめちゃくちゃ傷つきやすくてネガティブなだけの人でしかない。その後ろ向きっぷりは、スプーンを落としてもトラウマにしかねない実力をもっている。
 しかも過剰に病弱。
 更にこの力、語った後に本人にも深刻なダメージを与える。
 もう今の時点で、要・病院だ。
 そもそも普通の状態でゼェゼェ言ってる人に体張って守ってもらっている時点で罪悪感バリバリです。はい。
「しか、しっ……」
「大丈夫だから」
 なお言い募ろうとするペロロッチを四苦八苦しながら近くの壁に寄り掛からせて、息を吐きながら私は残りの人物に声をかけた。
「――ねえ。いつまでやってるの、それ」
 私の言葉に、まだブツブツと呟いていた刺客がハッとしたような動きで顔をあげる。さんざん私を凝視して、信じられないような口調で呟くのが聞こえた。
「五体満足、だと……?」
「ええ。見ての通り無傷で元気ですので、できるならさっさとお帰り願えませんか?」
 ペロロッチ死にかけなので。
 後半のセリフは呑みこんでなるべく冷たく聞こえるように告げた言葉に、けれど刺客は陽炎のようにユラリと立ち上がった。声なく笑うように、その体はくっくっくと上下に揺れる。
「さすがは噂に名高い『トラウマ効かずの鉄壁の生贄ミズキ』、我が必殺技をくらっても動けるとはなっ!」
「あの。その二つ名、本気でやめてほしいんだけど」
「だがしかし! このオレの最終技をくらっても余裕でいられると思うなよ!」
 まったく話を聞いていない刺客は、地面に足を擦りつけるように一歩私に近づくと高らかに語りを始めた。

「兄と望まぬ再会をしたオレは、無言でその場を立ち去ろうとした。……が、兄は外へ出ようとするオレの存在に気づき、凄まじい力で抱きしめられたせいで肋骨に数本ヒビが入った」

「うわ、痛い」
 相づちを打つと、刺客は充血した目をさらに赤く潤ませて声を裏返して叫ぶ。

「しかもあの人は野太い声を無理矢理甲高くして言ったんだ!『そうだ、今晩どう? 安くしとくわよ。なぁんて、ウフフ』って! しかもオレの強くて優しい兄さんが体をクネクネしてそんなことを言うはずがないとダッシュで逃げ回ったらどこまでもどこまでも追いかけてきて森をさまよったあげく全身かぶれて今や包帯だらけの人生よぉおおおお!」

   息継ぎなしで叫び終え、刺客の男は肩で息をしながらボソリと付け加えた。
「――しかも、数ヶ月経った今でも追って来るんだ」
「……」
 私は背後から聞こえてきた「グフゥ!」や「ゲファッ!」という苦悶の呻き声をひとまず追いやり、深く深く息を吐いた。それから刺激しないように刺客の目の前まで進み、ポンと肩に手を置く。
「なっ!?」
 その肩はかぶれて熱をもっているせいなのか、とても熱かった。
 驚きに目を見開く男に、私はそのまま思ったことを言ってやる。
「それってさ、お兄さんが、弟の貴方に会えたことを喜んでくれたってことじゃない」
「……なに、を……」
「そんな長い年月ずっと離ればなれで、そのときお客さんもたくさんいたんでしょう? それでもお兄さんは貴方のことを、すぐにわかってくれた。それってスゴイことじゃない。ずっと弟のこと考えてなきゃできないと思う。そりゃ会えたら肋骨折っちゃうくらい抱きしめたくもなるさ」
 最後のフォローは自分でも微妙だと思ったけど、相手は何も言わないので気にせずに話を続ける。
「それにさ、お兄さんだって一人で生きてきたんだろうから、その結果お姉さんになっちゃったとしても、えーと、まあ、うん。それはそれ。仕方ない。お兄さんが喜んでやってるなら、それもまた一つの生き方ってことでいいんじゃない? で、あと、その問題発言は彼、……彼女? えー、……まあいいや。その人なりの場を和ませる冗談であって、それで貴方が逃げちゃったから追いかけてるんじゃないかと思うんだけど。ほら、お水の人って結構過激な冗談とか言うし」
 言ってから「お水」なんて言葉が異世界にもあるのか、ふと気になった。刺客の男はやはり微動だにしない。
 ……いや、触れている肩が小刻みに震えだした。不定期に。
「くっ……、そんな、そんなことでオレのっ……」
 うーん、よし。あと一押しかな。
 私はことさらゆっくりと、一言一言が耳に残るように言う。
「でも貴方、まだお兄さんのこと好きなんでしょう? だったら、まずは向き合ってみるのが大切だと思うけど。お兄さんだって照れくさかったから、そんな変な冗談言ったのかもしれないし」
「っ……う、あ……違っ」
 震えが激しくなる刺客。私はトドメとばかりにその肩を強く叩くと、満面の笑顔を向けながら言い放つ。

「二人の絆と兄弟愛、すっごく羨ましいな!」

「オ、オレのトラウマを消そうとするなぁああああ!」
 刺客は耐え切れないとばかりに叫ぶと、悶絶するように頭を抱えて暴れだす。
 ――勝った。
 私は自分の勝利を確信し、とてつもなく虚しい思いが胸の内を占拠していくのを感じた。
 この異世界――強さを求めれば求めるほど、慰めや肯定や癒されるという行為に弱くなるようだ。大したことは言っていないのにここまで拒絶されるなんて、狙ってやったとはいえなんだか切ない。
「あ、そうだ。かぶれって包帯を巻いてると治りにくくなるから、薬を塗るだけにした方がいいよ」
「うぉぉおおお!」
 今度は純粋な親切心で言ったのに、刺客は悲鳴をあげてガクリと膝をついてしまった。
「はぁはぁ……。ち、治療法まで言うなんて、や、やはり貴様の存在は危険すぎるっ……!」
「危険って。えーと、もしもし? それじゃあ医者の立場が」
「医者になど行かん!」
「えぇ! じゃあソレわざとやってるわけ!?」
「それこそが強さを生み出す鍛錬の一つ! むれむれで痒くて寝ることさえ出来ない夜は、まさに最高のトラウマ!」
 うわぁ。
 そのヤケすら感じさせる論理に思わず絶句した、直後。

 唐突にバァン! 激しい音が響いた。

「ひゃ!?」
「……う、うあぁあああああ!!?」
 私がびくりと体を震わせた後に続くように刺客が怯えきった声で悲鳴をあげる。その視線は音がした方向に固定されていた。そちらを見る前に、奇妙に甲高い声が食堂中に響き渡る。

「んもぉ〜! そんなんだから目を離せないのヨォ! トニアのバカ! バカバカ! せっかくキレイなお肌だったのに、ちゃあんと毎晩ケアしなくっちゃ、お婿に行けなくなっちゃうんだからぁ!」

 ……すごいの出ちゃった。
 テカテカと汗が光る首と、雪だるまのような白粉塗れの顔。その奇妙な二色の境い目を見つめながら、私はぼんやりとそう感じた。
「ひっ、ひぃうぁああああ! その姿で来るなぁあああ!」
 刺客は尻餅をつきそうになりながらも、辛うじて反転してそのまま正式な出入り口へと向かって走り出す。もともとドアを塞ぐように立っていたので、その姿はあっさりと外へと消えていってしまった。
 妙にヒラヒラしたキャミソールのような服をなびかせ、私の頭二つ分は大きい巨体の男はプルプルとくやしそうに体を震わせた。短い金髪に飾られたかんざしのような飾りが、揺れるたびに軽やかな鈴のようにシャラシャラと鳴る。

「あぁん。もぉ、恥ずかしがりやさんのところは変わってないんだからっ。フフ、本当に困ったさんね」

 高い高い位置にある顔。そこにあるアイシャドウたっぷりの垂れ目がふっと優しく綻び、次には筋肉隆々の右腕に支えられ、その巨体はカウンターを軽々と飛び越えていた。
 着地した瞬間に目が合い、にっこりと野性味あふれた女神のように微笑まれる。すみません。瞬間的に脳が視界にモザイクをかけました。

「あ・り・が・と」

 真っ赤なルージュの唇がゆっくりと動き、胡桃が割れそうな勢いでウィンク一つ。そしてそのままお兄様は弟を追いかけ、全力疾走のカバのごとく駆けていった。
 残されたのは、ただ、沈黙のみ。
「……強く生きろ、刺客」
 思わず呟いた言葉も、すぐに沈黙の中へと溶けていった。
 なんだろうこの罪悪感。いや考えるな。きっとこの体験は、確実にあの哀れな刺客の力を引き上げることになるのだろうし。もしかしたら次に出会うときは『ダンシングブラザーウィズミートニア』とかになっているかもしれない。だとしたら要注意だ。少なくとも今回で瀕死のペロロッチには会わせないように――
 そこまで考えて、ハタとその存在を思い出す。
「ペロロッチ! 生きてる!?」
 あわてて駆け寄り動かなくなっている彼の頭を抱き上げると、力を振り絞るようにその瞼が再び開かれる。髪と同じ群青色の瞳はどんより曇って黒に近くなっていた。
「――あ、ミズ、キ……」
「良かったぁ」
 生存を確認してほっと息をついていると、ペロロッチは苦しげに呼吸をしながら口を開く。
「ミズキ、すまない。また君に迷惑を……」
「いや、うん。大丈夫。私のことでもあるんだから、貴方はそんな気にしないでいいんだし」
 それより病院行こう、病院。
 私がそういう前にペロロッチは急いたように言葉を挟んだ。苦しげながらもその言葉はスラスラと流れていく。
「だがっ……す、すまない。……君を、この世界に呼び寄せた集団に、俺は関わっていたんだ。より強いトラウマを生むために異世界から人を呼んでみればいいんじゃないか。そんな適当すぎる方針についていけないと俺が『トラウマ党』から離れたとたんに君は呼ばれてしまった。……もし、もしも、そのまま組織に留まっていれば、君は呼ばれずにすんだかもしれない。そう、すべては俺の愚かな行動がいけ、なか、った……」
 ペロロッチはふいに目を見開くと、小さく呻いて、カクリと首を力なく揺らした。
「ペロ、ロッ、チ……」
 力の抜け切った体を抱え、私は高ぶった感情のまま叫ぶ。

「――……貴方、毎回毎回まったく同じこと言ってるから!!!」

 しかも一字一句まったく同じで、もう10回目だし!
 実はキメ台詞なの!? そうなの!?
 ……そんな言葉は、完全に気絶してしまったペロロッチには当然届くはずもなく。
 ガクガクと痙攣している姿は言うまでもなく、要・緊急処置。
 こうして今回もまた、ペロロッチは入院した。




 結局のところ、召喚してみた私は裏切り者に匿われてるわ、トラウマどころか中途半端に癒してくるわってことで処分扱いにされたらしい。
 まあ、処分も何も、異世界人である私はトラウマ話を聞かされたくらいでは死ぬどころか吹っ飛びもしないから、向こうも困っているそうで。……ちくわの穴から吸い込んできた割には、泣けるほどマヌケな連中だ。

「――ああ本当に、どうして俺はこんなにも役にたたないんだろう。そうか、もしかしたらソティアはそのことを見抜いて俺をペットペットと呼んでいるのか。ああそうなのか。あああ」

「だから、どうしてそう自分を卑下するかな?」

 そんな中、今日も今日とて私は瀕死の恩人を連れて病院を訪れる。もはや常連になりつつある小さな病室で、目覚めた彼は相変わらずネガティブ思想にふけっていた。

「私はこうして元気だし、帰り方だってまったくなしってわけじゃないんだから、それでいいじゃない」
「だが、これからも彼らはやってくる。しかももう手駒の数も少ないはずだ。ヘタをしたら、かの四天王までもが……」

 簡易イスに座って励ませば、ペロロッチは半身を起こした状態で表情暗くうつむいた。
「大丈夫。私、意外とこっちでは強いっぽいし」
「ああ、そうだな。君は抉ったりたまに癒したりでとても強い」
 うっわあ。誉められてるのに全然嬉しくないし。
 釈然としない気持ちを抱えて黙りこむ私に向かって、ペロロッチはさらに沈んだ声のまま言葉を続ける。
「……だが、かの四天王の攻撃は熾烈を極める。
 『便器とシュークリームのベルトン』
 『落としどころを間違えたウェルベス』
 『愛されぬ老人ハーレムのポテムカ』
 『爪垢と背垢とフレッシュジュースと祖母のチェルポ』
 ――いずれも底の知れない実力を持った猛者たちだ。しょせん下っ端だった俺には、その力は想像もつかない」
「さ、さすがにこれは私もつかないっていうか。……とりあえず、話を聞きたくない異様な雰囲気をヒシヒシと感じる面子だってことは嫌というほどわかった」
「しかも、その頂点には『108のトラウマを持つ男』である総帥がいる」
「煩悩なみ!?」
 どれだけ悲惨な人生送ってきたんだ、その人。
 思わず出てしまった驚愕の声に対し顔を曇らせるペロロッチ。そんな彼に私はあわてて右手を振った。
「あ、いやいや、大丈夫。きっとなんとかするから」
「しかしっ。い、いや、君のことは責任をもって俺が守る。でも……」
「ありがたいけど、そんなに心配なら貴方はまず体調を治す! いい?」
 強めの忠告に、ぐっと顔色悪く言葉を詰めるペロロッチ。
 ……いや本当、早く治してもらわないと困るんだから。
 私は声に出せない本音を心の中で呟き、「また君に迷惑をグフゥッ!」と身悶えている彼に気づかれないように、そっとため息をついた。




「嬢ちゃんも毎度まいど大変だな」
「ははは。いえいえそんな」
「んで、今日のバイト代のことなんだけど。……まあ、ウチにも生活ってのがあるから悪く思わんでくれよ」
「イエ。こちらこそご迷惑おかけしまして」
 私は頭を下げながら、軽い布袋の日給を受け取る。
 同情するような目をした食堂のコックさんは、申し訳なさそうに頭を掻きながら厨房内へと戻っていった。――さて、次はどこで働くべきか。

 本日のバイト代、弁償費と迷惑費を引くと、5ペルカ。
 入院費……一日、8ペルカ。

 私だけの密かな闘いは、なかなかに熾烈を極めていた。
 病弱で、どこまでも後ろ向きで、それでも優しすぎる恩人というものはやっかいなものだ。
 最初の町から未だ離れることもできないけど、敵は次々現れる。なんだかこのまま移動しなくても、その内ラスボスまであっちから来てくれそうな気がしないでもない。
 私は食堂内から外へ出て、青天の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。もう昼下がりも過ぎたせいか、おいしいニオイよりも地面から漂う土のニオイが濃く香る。
 ――明日も、私とペロロッチとトラウマ組織、それぞれの闘いは幕を開ける。
 その合間合間に私はいつものように思うのだろう。
 私、平凡な人生で本当に良かったなあ……と。

 貴重な夏休み終了まで、あと一ヶ月。


 トップに戻る/小説畑に戻る  

あとがき