そしてはじまる物語





まおーがゆうしゃさまにたおされて

せかいがへいわになりました

めでたしめでたし。



……本当に?






 リエースの森は今日も良好だ。
 太陽をさえぎる鬱蒼とした木々に、じっとりとした空気。さらにうす暗い空間は、やわらかいコケを大量生産してくれる。いやまったく、二度寝してくれってもんだな、こりゃ。
「なぁゴブリンのおっちゃん! 新・魔王軍にはいれヨォ!」
 ……ま、こいつがいなければの話だけどよ。
「あ〜、断わるわ」
 突然やってきた訪問者に、寝転がったまま返事をかえす。そんな態度にムカついたのか、緑色のミニ竜は鼻から白い蒸気をシュゴーとふきだしやがった。鼻息荒れぇな、おい。
「なんでだヨォ! おっちゃんが加わってくれれば、軍の無敵っぷりもあがるんだヨォ!」
「ああ? どういう理屈だ、そりゃ?」
「長生きしてる! すなわち強い! 加えれば新・魔王軍むてき!」
 おいおいおいおい。なんだそりゃ。
 おれは強くねぇよ。
 弱すぎるから生き残ったんだよ。
「だからオレ様たちと新しい魔王の歴史をつくろうヨォオォオオ!」
 おれの体より頭二つ分はでかい図体をにじり寄せ、背中の退化してほとんど飛べない羽をぱたぱたと振るわせる。興奮しすぎだ。しかも鼻息があちぃしクセェ。
 しかたねぇから一回転して起き上がり、さりげなく鼻息をよける。
 ああちくしょうめ。ヒゲが変な方向むいちまったじゃねぇか。
「なんど言われようが、絶対に参加なんてしねぇよ」
「なんでだヨォ! こんなムダな争い無意味だって思わないのかヨォ! 間違ってるヨォ!」
 ああ。確かにムダな言い争いだな。
 ため息をつき、ヒゲをなでつつミニ竜を睨んでやる。
「……お前さん、人間なめてるだろ? 一応おれら魔物の中で最強ってことになってた《魔王様》がやられたんだぞ。正直に言うが、お前さん程度のやつが魔王になったところで、同じ事の繰り返しだな」
「! それ違うヨォ!」
「違わんだろ。それに、まとめて殺せば確実にくるぞ。あの《ゆうしゃ》がな。ま、若い命をあっさり散らせんのはやめて、もっと有意義に生きろや。こういう森の奥とか、結構人間が来なくて快適だぞ?」
「違う違う違ーーうッ!!」
 おれの言い方がしゃくにさわったか、自分の実力をバカにされたのがムカついたのか。ミニ竜野郎は、獰猛な目つきで地団太を踏みやがった。ぶっとい尻尾が、地面の湿った葉っぱやらなにやらを蹴散らしていく。
「おーおー怖い。ホブゴブおじさんびっくりだ」
「〜〜ッ! もういいヨォ! お前みたいな分からず屋は必要ないヨォ! 一生そうやってブルって森の奥で暮らしてろヨォ!」
 怒りすぎて見事にでっぱった腹までぷるぷる痙攣させ、魔物騒がせなそいつは地響きをあげて去っていった。
 ……やれやれ、短気すぎだ。ありゃ魔王の器じゃねぇな。



 結局二度寝はできず、適当にその辺をぶらつくことにした。
 秩序なく生えているどす黒い幹。それを手製の石斧で軽く叩きながらジグザグにすり抜ける。折れそうなのがないか確かめるためだ。危ねぇところで寝てくたばったら、笑いもんだからな。
 素足に伝わる腐りかけた葉っぱの感触がひんやりしみて気持ちいい。あ、いて。枝ふんじまった。
 一応怪我してないか確かめて、また歩く。
 ……しっかし、最近多いんだよな、新しい魔王になりたがる奴が。まあそりゃこれから先、負けたおれらが虐げられるのがイヤだってのはわかるけどよ。
 そんないいもんじゃねぇぞ魔王は。現にやられちまった魔王だって味方からも嫌われてたしよ。下のことを考えてないってな。
 特にあれ、あの強制的に冬にしちまったやつ。
 あれは最悪だったな。食いもんがなくなって、人間どころか魔物までばたばた死んでいって。おれの妻ゴブもあっさり死んで。
 ……さすがに、あの時だけは《ゆうしゃ》に感謝したね。
 ふと視界の端にあざやかな緑色の光がうつる。どうやら、だいぶ外のほうまで出ちまったようだ。
 まあいい。たまには太陽の野郎でもおがんでやるか。
 特に気にせず考えに戻る。
 ……第一よ、人間皆殺しって考えもどうかと思うね。おれらがいまだ全滅してないように、それが無理だってことにどうして気づかないかね?
 無理なら負けたもんらしく、引きこもってりゃいいんだ。
 ……暴力以外の方法をとりゃ、なんとかなるかもしれないけどな。でもまさか、そんな甘……。
 視界がひらけて木漏れ日がさし、おれの思考は停止した。
 あざやかな緑の森の中。
 やわらかそうな茂みの上で。
 黄色い髪の人間が一人倒れていた。



「……なんだ、こりゃ」
 思わずつぶやく。と、人間はのそのそと顔をあげた。思わずびくっとするおれに構わず、顔をゆがめ、いきなりピギャー! だかムキョアー! だかスゲェ音を発する。
 うおっ! なんかいきなり泣き出しやがった!
 よくよく見ると、そいつの片足が木の根元に引っかかっていやがる。どうも転んだだけらしいな。
「ひゃひゃー! いぎゃるぴょー!」
「しっかし、超音波だな、こりゃ……」
 耳がキンキンするかん高い声に、とがった耳の先を穴につっこんでぼやく。
 それがいけなかった。
「っく、えっく、え……。……? ぴゅまぱむ?」
「げ」
 もろ人間と目があった。声が聞こえちまったらしい。
「ぴゅまぱむ! ぴゅまぱむ!」
 人間はむくっとあっさり立ち上がると、奇声をあげながらおれにむかって走ってくる。って、おいおいおいおい!
「まじかよ!」
 あわてて引き返そうとする。んが、後ろをむきかけたとたん痛みが走ったね。そりゃもう引き裂かれるような痛みが。
 自慢のヒゲに。
「ぴゅまぱむ、ぽぴゅぺー」
「痛てててっ! なにすんだコラ!」
 首を振ったせいで耳の穴につっこんでいた先っぽがとび出す。それを見て、人間の手がゆるまった。よくわからんが、うきゃうきゃ言いながら飛び跳ねてやがる。みょうにひらひらした黄色い服が動きにあわせて揺れてんのが目にまぶしい。
 なんだこいつは……。もしかしてガキか?
 目の前まで来られて気づいたが、背なんておれより頭半分でかいぐらいだ。武器も持ってねぇし、殺気も闘志も感じねぇ。
「おいおい……。いくら勝ち組だからって、油断しすぎだろ」
「ひょえ?」
 人間はでっけぇ目を見開いて首をかしげる。まあ、言葉なんて通じねぇし、言うだけムダか。
 息をはいて、考える。
 こんな場所にガキ一人。へたすりゃ死ぬ。んで、食われる。
 でもな、おじさんゴブだから。もう人間と関わりたくないんだよ。
 思い出す。人間に殺された息子ゴブ。斬りつけられて転がる体。最後の表情。燃えていく体。そして、仲間に言われた言葉。

 『しょせんは雑魚ゴブリン』
 『またつくればいい。女もガキも』
 『同じように殺してやれ。おまえと同じくらいの大きさの人間を殺すと面白いぞ。でかい人間が悲鳴をあげる。いいぞ、あの表情は――』

 ……もう、いやなんだよ。あんなものを見るのは。
「ぴゅまぱ――」
 また触れてこようとする人間を、片手で突きとばす。
 黄色いそいつは半回転して、横むきに地面に激突した。
 そのまま立ち去るつもりだった。
 でもよ。
 その光景が目に焼きついたものと同じで、おれは逃げることも忘れて、その場に凍りついちまった。
 ナガレル、チ――違う。
 ツツム、ホノオ――違うだろ。
 赤くない。こいつは黄色い。鼻の奥が焦げ臭い。血の臭い。赤。アカ。あか。あ――。
「……ふ……えっ、えっあっ、びぇえええぇえ!」
 聞きなれた泣き声に、はっと我にかえる。目の前には横たわったまま、顔を真っ赤にさせて涙を流す人間。健康的な赤。生きている赤。
 知らずに入ってやがった全身の力が、抜けた。
 ……やれやれ。……バカだなおれは。こんなガキ相手によ。
「あー、わかったよ。おれが悪かったよ」
 言っても通じないが、それでも言葉を口にした。声にして出しちまえば、もう後戻りはできないからな。
 人間の頭を、潰さないようにそっとたたく。
「ホブゴブおじさんが村まで送ってやっから。……泣くなって」



 でもよ、正直言って、こいつが本当におれについてきたときは驚いたね。実はこいつ、おれのこと別の生き物と勘違いしてるんじゃねぇか? ……人間が魔物と一緒に行動するなんて聞いたことねぇや。ちったぁ警戒しろよ、まったく。
 緑の合間から見える空を眺めながら、そんなどうでもいいことを考えてみる。うす暗いのも最高だが、まあ、こういうのも悪かぁないな。
 腕毛がくいと引っぱられる。
「うおっと、なんだぁ?」
 振りむくと、人間がニコニコしながら手に持ったなにかを差し出してきた。うす茶色の、なんか半円状のもの。
「あー……なんだこりゃ?」
「ひょるめ、ぶょるぐるなひょ。きょれに、ひるんりゅにゃみょにょ、りれりゅんらよ」
「おうおう、わざわざ説明ありがとよ。さっぱりわからんわ」
 とりあえず、差し出されたんで受け取ってみる。
 卵のカラを半分にして、その両端にこわばったツタをくくりつけたような、かたい物体。そういやカラって栄養があるんだよな。
 だから、かじってみた。
 口の中に渋みと苦い味が広がる。まずい。しかも予想以上にかたくて噛み切れやしねぇ。
「びえぇぇえええっ!」
 しかもまた泣きだしやがった。わけわからん。
 なぞの物体から口を離し、ついでに足も止めて人間を見る。
「……実はこれ、食いもんじゃねぇのか?」
「びゃかああぁあ!」
「それとも、お前さんも腹へってんのか? ほれ、食えや」
「ぴゅまぱむ、びゃかああぁあっ!」
 すこし裂けた物体をむりやり人間の手に握らせる。それでも泣きやまねぇで首を横にぶんぶん振っている。どうしろってんだ。
 ふと昔を思い出す。そういや息子ゴブが小せぇときも、こんな風に泣き喚いたことがあったよなぁ……。
 そんときは、どうしたんだったか。……ああ、そうだ。
 森の周囲に目をこらして見渡す。大小さまざまな木々にまぎれて、赤い実のなった木が見えた。
 赤。明るいところは、赤が目立ちやがる。
 一瞬苦い感情が広がったが、無視してその木まで歩く。後ろで人間が泣いている。ついてこない。
 ……このまま森の奥まで帰っちまうってこともできるな。
 そんなことが脳裏にちらつく。が、結局のところ、はるか頭上の木の実にむけて、狙いをつけているおれがいる。
「なにやってんのかねぇ」
 苦笑しながら、手斧の柄をぎゅっと握りしめ、手首をきかせてぶん投げた。手斧はいきおいよく回転しながら、狙い通りに実と枝がつながる細い部分に命中する。
「ほい、ごくろうさん、っと」
 落ちてくる実と石斧を受け止めて、振り返ってみる。人間は泣くのも止めて、あんぐりとおれの方を見つめていた。視線に気づいたのか、まっしぐらに走り寄ってくる。
「ぴゅまぱむ、しゅろい!」
「んー? まあ、ほれ。これなら食えんだろ」
 赤い実を人間に押しつける。名前も知らねぇ実だが、ときどき小動物が食ってるのも見るし、毒はないだろ。
 人間は赤い実とおれの顔を交互に眺めていたが、意外にためらいもしねぇで実を口に持っていった。シャリっと小さな音が響く。
 もごもごと口が動いて、音もなく喉が上下する。
 しばらくして人間の顔に浮かんだのは、そりゃもう笑顔満開だった。
「ほひしー!」
「……うまいか? やっぱり泣いてるガキには好物を与えとけってやつだな。さっきのは苦いしなぁ」
 まあ、息子ゴブの場合は生肉だったが、人間はそういうの嫌いそうだからな。なにせ死んだ同胞を、食って弔わないで焼いちまう連中だ。
 主義も主張も言葉も味覚も感性も、全部違う。
 だから、あんな、血の臭いしかしない関係になっちまったんだし。それは魔王が死んでも変わらねぇで、殺して、殺されてる。
 ……でもよ。この、魔物の目の前で赤い実食ってる人間の顔はよ。
 明らかに敵にむける表情じゃねぇんだよ。
「……。やっぱ人間なんて、関わるもんじゃないかもな」
 こういうのがいるから、少し期待しそうになっちまう。
 けど、世界はそんなに甘くねぇ。
 少数の意見は、多数の意志に押しつぶされる。そんなもんだ。
「ぴゅまぱむ、ひゃい!」
 腕毛を引っぱられ、弾けんばかりの笑顔でかじりかけの赤い実を差し出される。さっき泣いたのに、こりないやつだな。
 それでもほほがゆるむのを自覚しながら、手をのばす。
「まったく。お前さんもよ、もっと警戒心ってもんを――」
 唐突に。
「ヨォォオオオオッ!!」
 枝がはじけ、森が揺れた。



 反射的に人間に体当たり。それと同時に緑の物体がすぐ横をかすめていく。振動の余韻。この揺れには覚えがある。
 おれは落ちてくる葉を払いながら立ち上がった。
 足元に、赤い実が割れて落ちている。
「――お前さん、結構しつこくねぇか?」
「うるさいヨォ! おまえこそなにやってんだヨォ!」
 顔を引きつらせたミニ竜が怒鳴る。
「おまえ、魔王軍いやだって言った! 人間ッ、人間になにしてるんだヨォ! おまえ仲間のこと考えてないヨォ!」
 全身を震わせ、今にも爆発しそうな勢いでわめく。
 仲間。人間を助けたら裏切りってことか?
 おれの後ろで泣きそうになっているこのガキを、今すぐこの場で殺せってことなのか。
「……なあ、そういうの、バカバカしいと思わねぇか?」
「バカじゃない! 大切なこと!」
 ミニ竜は、蒸気を噴きだし真剣な目で一歩近寄る。
「だからその人間オレ様によこせヨォ!」
 後ろから人間の泣き声が聞こえてきた。よく泣くやつだ、本当に。
「おれはよ」
 横に生えている木に寄りかかり、さりげない仕草で石斧で叩く。
「息子を人間に殺された。斬られた上に焼かれて、遺体すら残らなかった。憎んだね、人間を。そしておれ自身を。……おれはよ、びびって隠れてたんだ。父親なのに、な」
 ひとつため息をついて、逆の木に寄りかかる。かぶりを振るついでにミニ竜を観察。奴は、意外と神妙な顔でおれを見つめていた。
 いかにも手が疲れたように、石斧を持ち替える。
 持ち替えた方は、相手の死角。木を叩く。音が軽い。
 これだ。
「……で、いろいろ考えた。そしたらよ、なんかバカバカしくなってきちまった。復讐のために人間を殺したところで、むなしいし、意味ねぇし、同じことの繰り返しだしでよ。もういやなんだよ、殺し合いしかない生活は。だから――」
 素早く木の後ろにまわり、両手で石斧を握りしめ、
「魔王軍なんざ、お断わりだっ!」
 渾身の力で叩きつけた。
 ラモックという木食い虫に食われ、中が空洞になっていたその木は、一度大きく揺れ、すぐに軋むような音を立てはじめる。
 かたむく先には驚くミニ竜。
「よし、今のうちに逃げるぞ!」
 しびれる両手を無視して、泣いている人間に駆けよる。
 しょせんこんなの時間稼ぎだ。この間に少しでも距離を……。
 ところが。
「ンヨォオオォオオオ!!!」
 ミニ竜は雄叫びをあげて、倒れてくる木を爪で一閃。割れた上部を頭突きで押しのけ、あっさりと罠をくぐり抜けやがった。
 ちっ! あなどりすぎたかっ。
 人間は立ち上がってもいない。おれは振り返りミニ竜と対峙する。奴は獰猛な目を充血させ、両手を広げておれらに迫っていた。
 死の恐怖が全身を駆け巡る。体が凍る。それでも。
「――いきがるな、若造がっ!」
 それでも、ゆずれないもんはある。
 限界まで石斧を握りしめ、覚悟を決める。


 「ガデューガ。やめろ」


 静かなひと声。
 それだけで、目前まで迫っていたミニ竜の動きが止まった。
 舞い散る葉と蹴散らされた茂みだけが余韻で揺れる。
「まったく。子どもが怯えてるじゃないか」
 そう言って茂みの奥から現れたのは、小麦色の髪の人間だった。青いマントを身にまとい、腰には妙に存在感のある長剣が一本。
   その姿をみとめたミニ竜は、はた目にも動揺して首を振る。
「怯えてないヨォ! 助けてるんだヨォ!」
「助ける? ずっと見てたけどな、お前はわかりにくいぞ」
「み、見てたのかヨォ!」
「ああ。心配になって様子見に。そうだな、そちらのゴブリン殿が『お前さん、しつこくねぇか』とか言ったあたりからずっと」
「見てたなら助けろヨォ! その子殺されるヨォ!」
 ……は? 殺される? 殺すじゃなくてか?
 予想外な展開に混乱していた思考が、不自然な言葉を捕まえる。
「……お前は良い奴だけど、短絡的なことが欠点だな」
 小麦な人間は短く息を吐いてそう言うと、おれに視線を移した。どの葉とも違う、深い緑の瞳がすっと細まる。
「とにかくゴブリン殿。こちらの無礼は謝ります。そして、その子を守ってくれてことに感謝を。さらに俺の話を聞いていただけると、とても嬉しいのですが」
 そこまで言われて、やっと一つの疑問が口を出る。
「……お前さん、なんでおれらの言葉が話せる……?」
「それは、覚えたからですよ」
 つかえもせず、なめらかに魔物の言語で答える。口で言うほど簡単じゃないその事実を、小麦色の人間は笑顔で言い切った。
 こいつ……何者だ?
「俺が何なのか知りたいですか?」
 まるで心を読んだように小麦色の人間が言う。
「ああ、知りたいね」
 おれも負けじと虚勢をはって睨みつける。背中に小さい方の人間がはりつくのを感じた。その暖かさが、やけに落ち着く。
 小麦色の人間はどこか楽しそうにうなづいて、言った。
「俺が新しい魔王ですよ」



「…………はぁ?」
 だいぶ間を空けて出た声は、やけにマヌケだった。
「いや、お前さん、魔王はそこのミニ竜だろ……?」
 おれの反論に、小麦色の人間は眉をひそめ、次にミニ竜を横目でにらむ。
「お前、どういう説明の仕方をしたんだ?」
「ちゃんとしたヨォ! でもわかってくれなかったんだヨォ! だからもう一度と思って戻ったら、おっちゃんが人間殺そうとしてるから助けようとしたんだヨォ!」
「ああ?」
「……ああ」
 おれと小麦色の人間は同じ言葉を、まったく違う意味で漏らした。
 おれは疑問。あっちの方は嘆息しつつ納得した感じで。
「ガデューガ、俺はお前がやりたいと言ったから、この地域の勧誘を任せた。……でも、もうやるな。金輪際」
「な、なんでだヨォ!」
「適材適所。いや、俺が悪かったんだ。見に来てよかった」
 小麦色の人間はミニ竜の方をぽんぽんと叩くと、苦笑しておれにむき直した。
「……まぁ、そんなわけで。俺からもう一度説明を」
「いや、なんとなくわかった。おれの勘違いもあるわけだ。ようは、そこのミニ竜は新・魔王軍とやらの一員で、本当の魔王はお前さんなんだろ? で、おれを勧誘したいと」
「その通り。理解が早くて助かりますよ」
「でも言っとくが、おれは誰が魔王でもそんなもんには入らねぇ。理由は聞いてたんならわかるだろう?」
「ええ。でも、厳密に言うと、俺は人間を殺すなんてことはしません」
「まあ、そりゃお前さん、人間だしな」
「それは関係ないですよ。人の側には勇者と呼ばれていますが」
 さらりと。
 そいつはとんでもない事を言いやがった。
「ゆ、ゆうしゃだぁ!?」
「あれ、気づいてなかったんですか?」
 小麦色の人間はおれの背中に張りついている人間の頭をなでながら、「でもその方が嬉しいかな」とつぶやいた。
「な……! なんでゆうしゃなのに魔王なんだよ!」
「ええ、元魔王に頼まれました。それで」
「いや、殺した相手の頼みごとなんぞ引き受けるなよ!」
 おれの言葉に、小麦色の人間は苦い笑みを浮かべた。静かに首を横に振る。
「……彼は自殺ですよ」
「は?」
「魔王の名を使った配下の暴走。反発。人間の苛烈な反抗。どうもそれらに耐え切れなかったようです。もうほとんで死んでいる状態でした。目も見えてなかったんでしょう。近づいた俺に魔物の未来を託して、息を引きとりました」
 ……なんだよ、それ。魔王心労かよ。
「さらに言うと、勇者の称号も本来は俺じゃないんですよ。双子の弟。ただ何かを殺したいだけだった男。その対象がたまたま魔物だったから勇者と呼ばれ、止めに行った俺の目の前で殺された。子竜に、親の仇としてね。そして俺は勘違いされたまま……今も勇者だ」
 小麦色の人間は木々を見上げ、語り続ける。
「俺は二つの称号を手に入れた。そして考えた。
 ――勇者は人間しか助けない。
 ――魔王は魔物のみ導ける。
 ……そして、一つの結論を出した」
 視線を下ろし、おれをまっすぐに見つめる。
「ならば勇者と魔王、2つの称号を利用して、どちらも救おうと」
 深い緑の瞳。そこに迷いはなかった。
 おれの諦めていたことを、笑みを浮かべて言う存在。
「……そりゃまた、大それた目標だな。……けどよ、それは逆に言えば、どちらの敵にもなるってことだぞ。わかってんのか?」
 おれの問いに、小麦色の人間は不敵に即答する。
「もちろん。でもその程度、たいした障害じゃないですよ。その先にあるものに比べたらね」
「そうだヨォ! 平和大事! 仲良く大切! みんな仲間だヨォ!」
 ミニ竜が羽をぱたぱたと揺らし、それに気を良くしたのか、おれの背後にいた人間がきゃっきゃと奇声を発しながら跳ね上がる。
 ……なんだよ。なんか、楽しそうじゃねぇか。
 小麦色の人間が、おれに何かを投げた。受け止めたそれは、あの赤い実。
「美味いですよ、アップルっていうんですけど」
 そう言われ、はじめてその実をかじってみた。
「……甘ったるいな」
 でも、まずくはない。甘ったるいのも意外と悪くはない。
 そう思えて、もう一口かじった。
「俺は目的のため、同じ考えを持っているやつを探しています。そう――ちょうど、あんたみたいな」
 小麦色の人間は口調をくずして、にんやり笑う。そしてすぐに元に戻す。礼儀なのかわざとなのか、つかめない奴だ。
「どうです? 俺と一緒に、最高の愚か者になってみるのは? 人間だろうが魔物だろうが、大歓迎ですよ」
「愚か者、ね」
「ぴったりでしょう? これから先、それがどう変化していくのか。それは周りに任せることにしますよ」
「おろかものダメ! 新・魔王軍だヨォ!」
「よぉ! よぉ! ぴゅまぱむ、よぉ!」
 ミニ竜が乱入してきてのたまう。その背中に乗ってはしゃぐ小さい人間。
「……なんで仲良くなってんだよ……」
「人間スキ! おっちゃんも本当は人間スキ! 気が合うヨォ!」
「ああ、いや、まあ」
「ぴゅまぱむ、しゅきー!」
「いててて! だからヒゲは引っぱんな人間!」
 ヒゲを保守するおれの傍らで、小麦色の人間は首をひねっていた。
「ぴゅまぱむ? ……ははは! ゴブリン殿。あんたこの子にクマと勘違いされてるぞ」
「なっ、やっぱりそうだったのか! ってだぁ痛ぇ!」
 思わず振りむきヒゲが数本抜ける。悲劇だ。
「ちなみに『くまさん、すき』だそうですよ?」
「……。いや、クマじゃねぇし」
 ヒゲの付け根をさすりながらぼやく。その言葉に、こそばゆい感覚を感じたのがばれねぇようにな。
 やばいな。ちょっと楽しくなってきやがった。
「あ〜、そうだ。ならお前さん、あの変な卵のカラっぽいのはなんなのか知ってるか?」
 ごまかす意味も兼ねて小麦色の人間に問いかけながら、例のナゾの物体を指差す。
 まあ、気になってたのは嘘じゃねぇしな。
「ん? あの子が持っているカゴのことですか?」
「かご?」
「ええ。何か物を入れるための道具ですよ。……ちょっと待っててください」
 小麦色の人間はその場から離れて、ミニ竜にしがみついている小さい人間になにやら話しかけた。ややすると、人間の頭をぽんと叩いて振り返る。……なんだよ、その笑いをこらえた顔は。
「ごっ、ゴブリン殿、カゴは食べられるものじゃないんですよ。……ぷっ、ははは! せっかく冒険に出かけたのに戦利品入れのカゴを食べられたら、誰だって泣きますから」
「……わるかったな」
「いや、俺も好きになりましたよ。くまさん?」
「うっせぇぞ、若造が。ったく」
 ふん。どうせおれは、人間の道具なんてわかんねぇよ。
「ははは、すみません。――それで、ゴブリン殿。返事はいただけないんでしょうか?」
 男が唐突に訊ねてくる。
「実は嫌がらせして楽しんでるんじゃないのか、お前さん」
「何がです? 俺としても早めに決めていただけると、このかしこまった口調を止められるので助かるのですが」
 笑顔で勝手を言う小麦色のゆうしゃに、おれもつられて苦笑する。
「わかったよ、答えればいいんだろ」
 見上げると、光を浴びた輝く緑。
 答えは決まっていた。
「おれは――――」  




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あとがき