ほら、ファンタジー系の話で、「異世界人が地球に来てうんぬん」ってのよくあるじゃない? あれなのよ、私が求めているのは! 右も左もわからない異世界に行くムダもはぶけて、なおかつスリルと冒険、お約束の美形とのラブロマンスが味わえる! あーどっかにいないかしら、私の人生に潤いを与えてくれる異世界人! ……と、考えていた私が甘かったわ。 「ああああ、なによこれ、なんなのよコレはっ! あんたなに勝手にまた変なもの作ってんのよ!」 リビングの扉を開けたとたんに広がるのは、銀色に輝く武器の数々。その中心に座って悪気なく父さんと談笑していた張本人は、私に気づいてぱっと瞳を輝かせた。 「おお、エリさん。興味がおありとな。これはハルパーといって鎌剣とも通称される刀剣で、相手の首などに引っかけて切り裂いて使うのですな。そしてこっちはチャークー、魚の背骨のような形状が特徴で櫛状の剣身で刀剣を絡め折るのが主な目的ですな、ついでにこの小さいのは珍種でな」 「聞いてない! 帰宅早々殺伐とさせるな!」 喜々とした説明をさえぎると、彼は目以外もじゃもじゃの毛に覆われた顔をきょとんとさせて、あるんだかないんだかわからない首を小さく揺らした。 「殺伐とな?」 おのれ、その見た目で可愛らしく首をかしげるな。 「いやいや、ムファーズさん。娘には男のロマンというものがわからないんですよ。まったく、出来の悪い娘でして、本当に」 そう言う父さんは、恍惚とした表情で怪しげな剣を撫で回している。 「父さん、せめてよだれは拭いて」 あと手、ちょっと切れてる。血が出てる。 「そんなことないな。エリさん元気で良い子。それに安産型な」 「安産刀! そりゃまたどんな刀で?」 そんな物騒な刀、あってたまるか。 もはやかみ合っていない会話に、私はさっさとその場から戦線離脱することにした。 ムファーズさんは、異世界の鍛冶職人。 彼との出会いは実に衝撃だった。 三週間前の夜、べらぼうに陽気な酔っ払いとして帰ってきた父さん。その横に不安げに立っていた粗末な服の男が彼だった。 第一印象、もじゃもじゃおやじ。 たぶん、その場にいた家族全員が『どこのマタギ?』と思ったんじゃないだろうか。 「あなた、そちらの方はお友達?」 困った顔で問う母さんに、父さんは小粋にステップなんぞ踏んで笑顔で答えた。 「おー、なんか異世界から唐突に飛ばされて困ってるらしくてなー。うちに居候してもらうことにした!」 「い、異世界?」 その言葉に私はびしりと固まる。 いやだってその、もじゃもじゃだよ、その人。美形は? 「鍛冶師さんだ! しかも刀鍛冶の職人! 彼を助けずして一体何を助けるのか!」 「まず父さんの頭を助けた方がいいと思う」 小四の弟はいつでも冷静だ。 でもレプリカの刀集めを生きがいとしている父さんが、そんな言葉聞くはずもない。 「俺の魂がこの出会いを待っていたと言っている! るーるるらー」 「と、とにかく入ってもらいましょう。さ、どうぞ」 歌いだした父さんに、母さんはあわててもじゃもじゃを招き入れた。 「……ごめんな?」 そのつぶらな瞳に、なぜか母さんノックアウト。あっさり彼は居候権を手に入れたのだった。 それからわが家には、本物の武器がわんさか量産されるようになった。武器マニアの父さんは、小さいとはいえ製鉄会社の社長という地位をフルに活用。こっそり一部を剣に鍛えてもらっては写真を撮りまくったり撫でまくったり、そして溶かして証拠隠滅の日々。 ……大人の階段を踏み外して、あの人は今、真性マニアへの階段を順調に上っていっている。なんてイヤすぎる展開なんだろう。 「だいたいなによ、どこにあるのよスリルと冒険とロマンスは?」 夕暮れにはまだ少し早い午後四時。中学の制服から着替えた私は、もじゃもじゃにむかって不満をぶつけてみる。ちなみに父さんはしぶしぶと出社中だ。 「ロマンスとな?」 「そうよロマンスよ、夢よ、夢!」 私の言葉に、もじゃもじゃは残った武器を整理する手を止めて、ポンと手を叩いた。 「ああ、あるな」 「え、本当!」 「夢は、伝説の剣を作ることだな!」 いや将来の夢じゃなくて。 訂正するより先に、もじゃもじゃは嬉しそうに言葉を続ける。 「あの、岩に柄が突き刺さっていたという伝説の聖剣・キルシアを越える剣を作りたいんだな!」 「ちょっと待って」 今、あきらかにおかしい部分がありました。 「それ刺さるべきところが逆になってるから。ものすごい勢いで手が切れるから。どうやって抜いたのよ?」 「伝承の英雄は、そのまま岩ごと使って魔王を打ち倒したんだな」 「ただの力技かい!」 どんなマッチョな英雄なのよ。 「その聖剣の力で、魔王はつぶれて二度と復活しなくなったんだな。憧れの剣なんだな」 「それは剣の能力じゃなくて、腕力の勝利だから! あーとにかく、そうじゃなくて、私が言いたいのはラブロマンス。たとえば異界から敵が襲ってきてピンチになったり、それを美形の若い異世界人と一緒に撃退して愛が芽生えたり、そういうの!」 言葉ついでに彼の黒いもじゃもじゃヒゲを引っ張ってやる。もこもこしてよく伸びるのがおもしろい。 びよんびよんとヒゲを伸ばされながら、もじゃもじゃは嫌な顔一つしないでにっこりと笑った。 「俺は、エリさん好きだけどな?」 「あー、いや、うん。だから、……まあ、ありがと」 こんなおじいちゃんみたいな年の人に言われてもねぇ。 それでも一応お礼を言うと、もじゃもじゃは嬉しそうに私の頭を大きな手で撫でる。 「エリさんは、武器に例えるとジュルみたいで可愛いんだな」 「たとえ悪っ! なにかわかんないし!」 「ジュルは、指にはめて、角のように飛び出した切っ先で相手を刺す変わった種類の短剣なんだな。小ぶりで、先端の素敵さが似てるな」 「意味わかんないけどマニアックーーー!」 思わず頭をかかえて絶叫する。 これほど嬉しくない褒め言葉も初めてよ! 「ああもう、やっぱりロマンもへったくれもないわ! 父さんのよだれとか、出血とか、いらんものばかり潤ってグチュグチュよ!」 「大変だなぁ」 「はいそこ張本人、他人事みたいな顔しない! さっさと異界に帰りなさい!」 「帰り方がわからないんだな」 「なんでそんなところだけお約束なわけ!」 叫びすぎて肩で息をしていると、玄関が開く音が聞こえた。規則正しい足音が響いて、開いた扉から弟がひょこりと顔を出す。 「ねぇちゃん、声うるさい」 「ううっ悪かったわね。私は今、彼に常識というものを教えてる最中なんだから。ほっといてよ」 「そのムファーズさんに、お客さんなんだけど」 「へ?」 「どうぞ、こちらです」 弟の言葉に、後ろから一人の男性が現れた。 「まったく、こんなところにいたんだな、ムファーズ。探したぞな」 「っ!? なっ? かっ……!」 その姿に、私の体に稲妻直撃。思わずどもって口をぱくぱくさせてしまう。 もじゃもじゃが着ているのと同じような、質素な茶色い服装。ところがその顔立ちはもうなんていうか、そこらの俳優が泡ふいて気絶するくらい整っていた。 きりっとした眉。涼しげな目元。すっと通った鼻。黒い髪と瞳は艶やかに、しなやかに、瞬く星を散りばめた闇夜のように輝いている。 ……かっ、かっこいい!! 「ちょ、ちょちょっと誰あれ! あんたの知り合いなの?」 動揺しながらも情報のために、もじゃもじゃを必死で揺さぶる。彼はもじゃもじゃの毛を激しく揺らしながら声をあげた。 「ししし師匠だなっ!」 「ししょう?」 はたと手を止めて、美男子の方を見る。彼は形のよい眉をひそめて首をかしげた。その口から心地よい低音が流れる。 「ワシの孫がなんぞな?」 「…………は?」 まご? それは、子どもの子どもって意味の孫ですか? 理解が追いつかず固まる私をよそに、美男子は疲れたようにため息をついたりする。 「ムファーズ。見ての通りワシは老い先長くないぞな。心配をかけさせんでくれな」 そう言う、見た目十代後半もしくは二十代前半の美男子に、見た目六十代は過ぎていそうなもじゃもじゃはうろたえながら答える。 「でも師匠、俺にもわけがわからないんだな! 気づいたらこの星にいたんだな!」 「ふむ。なんでも時空間実験が暴発したらしいぞな。少し時間はかかったが、今度は安定しているな」 「つまり帰れるんでな?」 「依頼作業が残っているし、早く帰るぞな」 美男子の言葉に、もじゃもじゃは嬉しそうに首を縦に振って、私の手を取った。 「今までありがとな。やっと帰れるんだな」 ぶんぶん振られる手をそのままに、私は美男子の方をゆっくりと見て口を開いた。 「あの、一つ聞いていいですか?」 「なんぞな? 孫が世話になったゆえ、何でも聞くぞな」 「……お年は、おいくつで?」 その強張った声の問いに、美青年は表情も変えずに答える。 「六十五ぞな」 おそるおそるもじゃもじゃの方を見ると、彼も笑顔で答える。 「俺は十六なんだな。エリさんより一つ上だな!」 いやあの。 詐欺ですか、あんたらの世界は? 「ていうかさ、ねぇちゃん知らなかったの? 普通さあ、異世界から来たっていうんだから、いろいろと聞いてみるだろ?」 弟のどこまでも冷静な声が、耳元を虚しく通り過ぎていった。 「……ぞな?」 「師匠、この世界は年の取り方が逆なんだな」 不可解そうな顔をしている祖父に、もじゃもじゃは説明する。美青年じいちゃんは、納得したように何度もうなづいた。 「どうりで年寄りが多いと思ったぞな。変わった世界だな」 それだけは言われたくないです。かなり切実に。 「さ、早く帰るぞな、ムファーズ」 「あ、あ、ちょっと待ってほしいな!」 ゆっくりと差し出される手に、もじゃもじゃはあわてた様子でこちらに振り返る。 「エリさん、本当にありがとな。ここにある武器は全部置いてくから、おじさんに返しといてな。あと……」 地面に整列してあった武器をあさり、一つを取り上げる。 「これは、エリさんに持っててほしいな。俺はまだ未熟だから完璧じゃないけど、ちょっと自信作なんだな」 手に持たされたのは、メリケンサックに二本の牛の角みたいな棘がついた銀色の金属。 「これがジュルなんだな」 これに私は似てるのか。 「あーうん、ありがと。あはは、は……」 なんだかもう投げやりな気分で笑う。 これほど嬉しくないプレゼントも初めてだし。どうしろってのよ、コレ? 使えと? 若い異性、しかも異世界人からの手作りプレゼント。心躍るはずの理想のシチュエーションなのに、どうしてこんなに微妙な気持ちになるのだろうか? そう思いながら、目尻と眉間に深いシワが刻まれたもじゃもじゃを見つめる。 違う。やっぱりなんか違うよこの状況。主にビジュアルが。 「それじゃ、ホントに、本当にありがとな!」 「ではな。感謝するぞな、異界の者。そちらのお年を召した……ああ違うな。若き少年、わざわざ探し出してくれたことに礼を言うぞな」 「いえ、困ったときはお互いさまですから」 弟の返事にうなづいて、二人の異世界人はきびすを返した。 「……なに? あの人探してたの、あんた?」 その姿が扉の向こうに消えてから、私は弟に尋ねてみる。 「うん、父さんがムファーズさんを見つけた場所をうろついてみた。このままじゃ不都合もでるだろうし。戸籍問題とかさ」 うわ、そこまで考えてるなんて、あんた何者。 姉弟でこうも違うのかと感心していると、弟は利発そうな顔をニヤリを楽しげに歪ませた。 「で、ねぇちゃん。夢だった、異世界人とのスリルとラブロマンスの生活はどうだった?」 「……どこにそんなものあったのよ」 まあ、ムリヤリ当てはめれば、父が真性マニアに変貌していく日々はスリル。好意を受けてプレゼントも貰ったからラブロマンス? 「……やっぱり絶対違う」 私の言葉に、なぜか弟はぷっと吹き出す。 「ま、いいけど。結構かっこいいじゃん、その武器」 そう言われ、私は右手に握った武器に視線を落とす。 いや、これ彼いわく、私に似た可愛い武器なんですけど。 たとえ見た目がごつくても、突き出た棘の形が闘牛にしか見えなくても、これは可愛い武器。人をも殺せる私似の可愛い武器。 「なんだろう……なんか、腹立ってきたわ」 ぽつりと呟き、次に私は反射的に走り出していた。 廊下を走り、適当なサンダルを乱暴にひっかけて道路に飛び出す。暮れゆく夕日の中を見回せば、大通りに向かうアスファルトの道に豆粒みたいな二人の姿が見えた。走る。走る。あとちょっと! 「ちょっと待った、ちょおおっと待ったぁああ!」 ご近所迷惑を無視した大声に、二人の異世界人は何事かと振り返る。 実はなにも考えてなかった私は、とりあえず二メートルは離れた場所で立ち止まった。 「ああ、その、えーと……ムファーズ!」 きょとんとしていた彼は、驚いたように目を丸くした。 そういえば、名前で呼ぶのは初めてかもしれない。 「あんたって女心がわかってない! だから、えと、その女心すら覆すような立派な伝説の剣、作りなさいよ!」 驚いた表情のファムーズは、やがてにっこりと笑った。 「ありがとな!」 「どういたしまして!」 ああなんで文句を言いにいったのに、応援なんてしてるんだろ。 そう思いながら、今度こそ去っていく背中に最後の声をかける。 「それでちゃんと作れたら、五十年後くらいにまた、会ってあげてもいいわよ!」 大きく振られた手を見ながら、私は満足して息をついた。 祖父似の美形になって、今度こそ私を納得させてくれなきゃね。 「……って、その時は私がおばあちゃんじゃない!」 脳裏に見目麗しい美青年と、シワシワ婆ちゃんの私が浮かびあがる。 うあ、イヤすぎ。 私はショックでその場に立ちつくす。ふと見ると、握った武器が夕日を浴びて、赤と銀の光を反射させながら誇るように輝いていた。 ……なんだ、こうして見ると意外とキレイじゃない。 気合をこめて振り上げてみる。キラキラ輝く、私似の武器。 ――――よし! もうこうなったら次の野望は、若作りの研究ね! 新たな夢を前に、私の顔は不敵に微笑んだ。 少なくともこの武器より、ずっとキレイでいてやるんだからっ! 覚悟しときなさいよ!! |