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そもそも真実の愛ってなんだ。 夏服から、すっかり学ランへと変わった九月の中旬。俺は教室の机に鞄を置いて、その素朴かつ重要な疑問に向き合うべくイスをひいた。前の席の戸間恵(とま めぐみ)、通称マメが自分のイスにもたれかかるようにして手を上げてくる。 「よー、冬芽(とうが)。はよーっス」 「ああ、おはよ」 適当に返事をしながら、まずは頭の中を整理してみることにする。 発端は、花人ピルルンに課せられるという試練。それは十五歳の誕生日の時、最初にお願いをした花の願いを一年以内に叶えること。 まあ、花の声が聞こえるという、ギャグみたいな血筋を母さんから受け継いでしまったのは諦めよう。 でもな。その願い事が『花の大切さ愛しさと真実の愛を教えこむ』ってのはおかしいだろ。なんで前と後の願いが繋がってないんだ。おまけか? お得な付属品か? なんとなく付け足したくなったのか? それが一番難しいってのは嫌がらせか。 しかも文句が言いたくても、それを願った張本人のコスモス野郎は、ちぎられて握りつぶされて昇天しちまったし。 ちなみに達成しないと俺は死ぬ。 そんなシビアなピルルンの試練。おかげでピルルン達は絶滅の危機らしい。 そりゃ滅びるわピルルン。むしろ滅びろ。滅びてしまえ。 「おーい。なんかお前、目がうつろになってんぞ? 生きてっかー?」 ひらひらと手を振ってくる相手を無視して、俺は視線を窓際に移動させた。 前から二番目の席に座る女子。 背中につくほどのロングヘアーで、その顔にはのんきそうな笑顔が浮かんでいる。 高宮夏樹(たかみや なつき)。クラスメートの女子。俺はあいつに『真実の愛』とやらを教えなくてはいけないらしい。 その高宮は今、セーラー服の赤いスカーフが激しく揺れるほどテンションの高い友人と、仲良く会話をしている最中だ。 「でね! 私としてはぬか漬はまず除外ね!」 「え、おいしいのに」 「この若さを保つにはありきたりな物じゃダメなのよ!」 「お花はカロリーないよ」 「なんていうか、これはもう自力で作る領域までいってると思うのよね!」 「えーと、つまり自営業?」 「うんそう! 私作る! やってやるわ!」 かみ合ってないぞ、女子二名。 それとも女の会話っていうのは、ああいうもんなんだろうか? いや、できれば違うと信じたい。じゃないと困る。ただでさえ、俺は女子とまともに会話したことがないってのに。 「……ほー。なるほどなるほど」 マメの何かを含むような声に視線を戻す。いがぐり頭の悪友は、いつの間にかイスの背もたれに頬づえをついて、こっちの顔をにやにやと眺めていた。 「なんだよ」 「いやいや。んで、お前の狙いは高宮か? それとも川村なのか?」 「なっ!? なに言ってんだ。ち、違うぞ、断じてそれは違うぞっ!」 かぁっと顔が熱くなる。あああ落ち着け俺! 誤解をまねくようなリアクションだけはするんじゃない! これ以上事態を悪化させてたまるか! 「おーおー照れちゃって。冬芽くんは純情ですねー?」 「だから違うって言ってるだろ! なんでいきなりそうなるんだよっ!」 「だってよー。あんな熱い視線をそそぐところ見せつけられたら、誰だってそう思うぜ? それに高宮も川村も結構かわいいしなー。なんてーの? お嬢さま系と元気系? 俺としては、高宮なんかおっとりしてて優しそうでいい感じだと思うぜー?」 いや騙されるな。あいつは花を食う女だ。野生系だ。 マメの背後にある教卓に置いてある花瓶。そこのコスモスが昨日と今日で量が少なくなっていることを、なんで誰も指摘しないのだろう。 俺は知っている。犯人はお花係の高宮さんです。彼女は早朝に花をむしって食べてます。そのせいで、こっちは無理難題を押しつけられました。 ってか、あいつに花係なんてやらせるなよ! 「……高宮は、やめておいた方がいいと思うぞ」 内心の叫びを押し隠し、つとめて冷静に忠告しておく。それに対し、マメは実に楽しそうに俺の肩を叩いた。 「そーか、そーか。いやいやわかった。みなまで言うな」 「いやお前、絶対わかってないだろ」 「てれるなてれるな。なんなら、俺が恋のキューピットになってやっても」 「お前はむしろキューピーの化身だ。三分クッキングでもしてろ」 どうしてこいつはそうすぐに、惚れたとか恋愛とかに結びつけるんだ。こっちは命がかかってるってのに。実はちょっと泣きそうなんだぞ。 とにかく完全否定。……を口にする前に、クリーム色のドアが動いて先生が教室に入ってきた。立っていた生徒はみんな席に座りだす。マメも笑ったまま体を前に戻してしまった。絶対あとで訂正してやる。 「ほれほれほれ、ホームルーム始めるぞー」 朝っぱらからジャージの担任が元気よく出席簿を教卓に置く。いつも通りの光景に、今日は別の動きが混ざった。担任の後ろから、グレーのスーツを着た見たことのない男がついてくる。 「話し忘れてたが、今日から教育実習でな。ほれほれ挨拶しろ下部。適当でいいぞ」 「変わってませんね、先生」 男は苦笑して、黒板の真ん中に文字を書き始める。几帳面な字が並び、チョークを置いて前を向いた男はにっこりと笑った。 「はじめまして。下部遼平(しもべ りょうへい)と言います。国語が専門です。なんだかあいかわらず忘れっぽい先生のおかげで、僕のことは伝わってなかったみたいだけど」 「一言余計だぞ、下部」 「ああ、すいません。……とにかくこれから二週間、よろしくお願いしますね」 ねこっ毛の黒髪に、柔和そうな表情。どこか押しに弱そうだけど優しそうな実習生に、クラスの反応はかなり友好的だった。 次のセリフを言うまでは。 「あ、そうだ。ちょっと聞いておきたいんだけど、この中で宇宙人を解剖してみたいって人いるかな?」 そのぶっとんだ質問に、教室は一気に「はぁ?」という空気に包まれる。 「いない? いたら手を上げてくれないかな」 もちろん、そんなチャレンジャーなやつは一人もいなかった。実習生は笑顔のまま、ほっとしたように瞳を細める。 「そっか。良いクラスだね」 どんな判断基準だ。 どう反応していいのか戸惑うような空気の中、実習生はさらに続ける。 「あと、非日常には慣れっこだって人いる? できれば卵に拒否反応が出ない人で」 大丈夫なのか、この実習生? どよどよと騒ぎだしたクラスの中、ゆっくりと一人の手が上がった。高宮と話していたショートカットの元気娘だ。 みんなの期待のこもった視線が彼女に集まる。そうだ、「アホですか」とでも言ってやってくれ。お前はみんなの代表だ。 そいつはみんなの視線を一身に受けて、言った。 「私の家には異世界人がいました」 お前もかよっ! クラスの心が一部を除いて一つになった瞬間だった。 ……そのあと「冗談だよ」という実習生の言葉で、その騒動はとりあえず終わった。そして二週間限定の下部先生は、変人という第一印象をばっちりと残したのだった。 で、結局真実の愛ってなんだ。 再びその疑問を思い出した時には、すでに昼休みになっていた。 えーと、愛を教えろっていっても、種類はいろいろあるよな? ……いやでも待てよ。『真実の愛』ってまさか、恋愛しろってことじゃないよな!? 急激に顔の体温が上がった。騒がしい教室の中、あわてて顔を振って冷ます。 やややや、待て、さすがにそれはムリだ。俺はまったくそういう感情はないぞ。別に対象は指定してなかったし、相手は自由だろ。うんそうだ。きっとそうだ。 ――とにかく、まずは会話だ。しないことには始まらない。 そう結論を出して、高宮の姿を探す。 テーブルをくっつけたりしてごちゃごちゃになった教室。ざっと見たところ、あいつの姿はどこにもなかった。違う場所で食べているのかもしれない。 「でも……どこだ?」 名前くらいしか知らない相手をどう探せっていうんだ。しかも名前だって昨日の夜、家の名簿を見て知ったくらいだしなあ。 「高宮なら、きっと他の場所にいると思うぜ、冬芽く〜ん?」 はっとして後ろを振り返ると、マメが弁当箱片手に見上げていた。その顔には楽しくて仕方ないような邪悪な笑み。 「ち、違うぞっ! さっきも言ったけどな、別に俺は……!」 「はーいはい。わかってるって。それより早く探した方がいいんじゃね?」 前の休み時間にあれだけ違うと説明したのに、マメはいまだに誤解したまま。にやにやにやにや嬉しそうにミニハンバーグをぱくついている。 「くっ、お、覚えてろよ!」 「おーわかった、忘れねぇ忘れねぇ。これからは毎日確認してやる」 「やっぱり忘れろ! 全部!」 奴のイガイガ髪をむしりとってやりたい衝動を抑えて、俺は弁当片手に教室を飛び出した。あそこに居続けるとマメにおちょくられ続けるに違いない。 とりあえず階段を下りて一階に行ってみる。昼休みが始まったばかりのせいか、思っていたより人は少なかった。 でもなぁ、一体どこに行けばいいのやら。 俺は早くも諦めモードに入って、学校の裏側に移動した。両開きの大きなドアを押し開けて、上履きのまま裏庭に降りる。 そのまま小さな駐車場を通り抜けると、そこはちょっとした林になっている。用務員さんも面倒臭いのか、草も生えっぱなしで、人があまりいない場所だった。静かに考え事をするにはちょうどいい場所だ。 雑草に足をとられないように、下を向きながら奥へと進む。 ……本音を言うと、女子と会話するのはちょっと苦手だ。何を話していいのかわからないし、妙に気まずいというか気恥ずかしいというか。できれば関わりたくないというか、そんな感じで、うん。 しかも内容が『真実の愛』だなんて、一体どうやって切り出せばいいんだ。 「あ、篠宮くんだ」 少なくとも、こうやって相手から話しかけてはこないだろうしな。 「篠宮くんって、こんなところでお昼食べてるの?」 「うるさい幻聴。今日はたまたま……って、本物かよ!」 顔を上げると、悩みの種の高宮が目の前に。 そうすぐそこで。 鮮やかに咲いている紫色のサフランの花をぶちぶち抜きまくっていた。 「なにやってるんだお前はーー!?」 「え、サフランっておいしいんだよ?」 「いやだからそういう問題じゃ……ああもう抜くな! 手を止めろ手を!」 高宮はきょとんとした顔で手を止めた。片手に持ったビニール袋には、ぎっしりとサフランの花がつまっている。 そうだった。『真実の愛』の難解さに忘れていたが、俺はこいつに『花の大切さ』も教えなくちゃいけなかったんだよな。今回は手遅れっぽいけど。 それでもとりあえず、注意だけはしておこうと口を開く。 「なあ、高宮」 「うん。なあに?」 大きな目でじっと俺を見上げる高宮。こうして改めて見てみると、マメの言う通り、結構可愛いような気がしてくる。さらさらと風に揺れる髪も、なんだか手触りがよさそうでいい匂いが――。 って、い、いや、落ち着け俺。今は冷静に注意する場面だぞ。たった一言、「花は無意味にちぎるな」と言えばいい話だ。 「……いいか。あのな、花は」 《なんで止めやがんだ、このあほんだらがっ!!》 唐突な声。 嫌な予感に襲われながら下を見ても、そこにはサフランの花しかない。 いや、わかってる。これは例の花人ピルルン能力。しゃべっているのは、おそらくサフラン。 《あともうちょっとで、あの甘美な痛みを体験できたのに! ちくしょう責任とりやがれ! 殴れ! おれを力強く殴れ! もしくは荒々しく引きちぎれ!》 そしてやっぱり変態だ。しかもヘビー級だこんちくしょう! ハーフピルルンの俺は、よりにもよって変な花の声しか聞こえない、最悪の特殊能力を受け継いでいる。だからなんでこんな中途半端な遺伝なんだ、母さん。 「花が、どうしたの篠宮くん?」 途中で止まった俺の言葉に、高宮は不思議そうに首をかしげた。 《あああ痛みを! 早くおれに甘く激しい痛みを! せっかくのチャンスだったのに!》 「う、くっ。い、いや、その、だな」 気にするな。他の人間には聞こえてないんだ。ここで取り乱したら電波さん扱いされてしまうぞ。とにかく無視して話題をそらせ! 俺は心の声に従って、冷静さを装って話を続けた。 「た、高宮の好きなタイプって、どんなかな、と」 しまったこれも直球だ。 そう思った瞬間、顔が一気に熱くなる。 ちちち違う。いや違わないのか。あああもうわけがわからなくなってきた。 混乱の極みに達した俺の脳に、容赦なく返事が響いてくる。 「うむ、好きなタイプ。余はふさふさしているものに至上の愛を感じるぞ」 「いや、その、人外じゃなく、て……?」 なんか声が違う。 渋みが混じっているけど軽い声。 「高宮?」 「え、私じゃないよ?」 俺はともかく、高宮も不思議そうな顔で首を横に振った。 「ぬ。ここだ、ここ。余の姿が見えぬのか」 そんな俺達の間に、ぴょんと白い物体が現れる。 「うむっ。どうだ余の華麗な垂直飛びは! ついでに一つ、聞きたいことがあるのだが」 ぴょんぴょん雑草の間から飛び跳ねている白い物体。ひらひらと揺れる赤いマントがくっついてはいるけど、これは。 「……卵?」 俺の呟きに、しゃべる卵はまち針のような腕をぶんぶん振り上げた。 「失敬な! 余はマサラ星の民を導く王、フォルペルグビフィソーブ・ペペルブトルン・デスタンラード・スフォルペルグ・トトリーノ・ボッチリン・スベルナグス・チョロリムソン・トトーデ・デ、ルボゾ・ソ、メンっ」 「いやもういいです」 俺の言葉に、フォルなんとか卵は飛び跳ねるのを止めて、ぜぇぜぇと息を吸った。 「う、うぬっ、まだ半分も言っておらんのだぞっ!」 「いや、っていうか、えーと」 なんだこの卵。 それが素直な感想だった。まち針の手足。黒ゴマみたいな目が二つ。それに加えて、切れ目のような口までついてパカパカと動いている。 だからなんだこの卵。 異常事態で頭が回らない。ちらりと高宮を見てみると、なぜか他のものが目に入らないくらいの勢いで、じっと卵を見つめていた。話しかける隙すらない。 困り果てていると、卵の方から口を開いてきた。 「まあよい。それで聞きたいのだが、しもべという人間を知らんか? 奴め、余を置いて迷いおって。困っているのである」 「へ? しもべって……」 あの変な教育実習生か? そう思うと同時に、彼の言葉を思い出す。宇宙人の解剖。非日常。卵に拒否反応がでない人。 俺はおそるおそる連想した答えを口にした。 「……まさか、あんた宇宙人?」 「うん、そう。大当たりだよ」 返事は真後ろから聞こえてきた。あわてて振り返ると、困ったように笑っている下部先生の姿。特にうろたえる様子もなく、茂みをかきわけて歩いてくる。 「えーと、君たちは僕の担当しているクラスにいた子だよね? 名前はなんだっけ?」 頭一つ分大きいせいか、少しかがんで尋ねてくる姿に悪意はなさそうだった。 「篠宮冬芽、です」 「うん。で、君は?」 下部先生に肩を叩かれ、高宮はわれに返ったように顔を上げた。 「あ、私は高宮夏樹ですっ」 「うん、わかった覚えたよ。ありがとう」 にこにこと笑っていた顔を、下に向ける。その腕がすばやく動いて、あっという間に卵は下部先生に捕獲されていた。 「ぐっ、何をするしもべ! くくく苦しいぞっ!」 「危機的状況から抜け出す練習だよ、陛下。見つかったのが別の人だったら、解剖されてたかもしれないんだからね?」 「ぬっ、そうか。いやしかし……」 「それに。勝手に動くなって言ってたよね、僕?」 笑顔のままなのに、なぜか周囲の温度が下がった気がした。 「あ、あの先生」 俺はそろそろ帰ります。そう言って逃げようとしたけれど、下部先生は人の良さそうな笑顔を俺に向けてきた。 「ああ、この卵みたいな宇宙人は陛下って呼ぶといいよ。本名は長いしね。まあ彼は僕の家に居候しているんだけど、いろいろあってね、皇后陛下から一年貸し出し中ってことになってるんだ。好きに使っていいらしいよ。でも僕の家、ハムスターがいてね。この陛下、ふさふさしているのが大好きだから、放置しておくと危ないんだ。だから学校につれてくることにしたんだけど、予想通り勝手に動いちゃって。うん、やっぱり一人じゃ隠しきれないみたいだね」 よどみなく、それこそ口をはさむ間もなく流れる言葉。 「いや、先生。その、聞いてないですから。ついでに何も見ていなかったってことで……」 俺はそこに本能的な危険を感じた。とっさに一、二歩後ずさる。 「だから協力者が欲しかったんだよね」 がしっと俺の手首をつかみ、下部先生は笑顔で続ける。 ヤバイ。この展開は非常にまずいぞ。 「本当はあの、手を上げてくれた川村エリさん? 彼女に手伝ってもらおうかと思ってたんだけど。見ちゃったものね、君たち」 「い、言いませんから! 絶対誰にも! な、なあ高宮!」 すがるように高宮に話を振ると、あいつの瞳は夢見るように輝いていた。 「私、やります!」 「な、なんだとっ!」 なんだお前は。やっかい事が好きなのか!? 下部先生は、高宮の答えに嬉しそうにうなづく。 「ありがとう。それにね、君たちって陛下を見てもさほど動揺してないみたいだし。適任だと思うんだ」 いやそれは。もともと別のことに動揺していたからで。 「協力って言っても、ただ昼休みとか、空いてる時間に……そうだな、ここに来てくれるだけでいいよ。陛下だって話し相手がいれば、うろちょろしないよね?」 「うむ。ふさふさがない場所に魅力は感じないのである」 卵はもがきながらも偉そうに同意する。 なんか、勝手に協力する方向に話が進んでないか? 俺の意志は無視か。 反論しようと思って開けた口を、ふとひらめいた考えにとっさに閉める。 でも待てよ。引き受ければ、高宮とゆっくり話し合う時間もできるんじゃないか? 教室で話そうものならマメを筆頭に、からかってくる奴がいるだろうし。 これは、チャンス……なのか? 「篠宮君は、どう? 引き受けてくれないかな?」 「……やります」 俺は決意をこめて、ゆっくりとうなづいた。 《ほう、つまりまたここに来るんだな!? なら毎日おれを蹴ってくれ! 花弁が吹き飛ぶほど強く! 雄雄しく! 甘く切なく! それでいつ散ろうともおれに悔いはないっ!!》 あの花は、あとで遠い場所に植え替えておこう。 鳥肌がたつのを感じながら、俺は高宮に視線を向けた。あいつは心底嬉しそうに下部先生を見つめている。こっちの視線に気づいたのか、突然学ランの裾を握りしめてきて、俺は下部先生たちから離れた場所に引っ張られた。 「ねえねえ篠宮くん」 囁かれた声は、小さくても興奮の混じったものだった。 「な、なんだよ」 「いいよね。すごくいいと思わない?」 そういう高宮の顔は、かすかに頬が赤くなっていたりする。 まさか……こいつ、下部先生に惚れた!? ありうる。あんなことを引き受けたのもそのせいだと考えれば理解できる。 俺は先生に見えないようにそっと指を向けた。 「それはつまり……あいつのことが、その、好きになった、とか?」 「うん。もう一目で夢中になっちゃった」 高宮はためらいもせずにうなづく。 ……そうか。いや、これは好都合だよな。だったら下部先生とくっつけば、真実かどうかは置いておいて愛にはなる……はずだ。たぶん。 なんだか体の力が抜けて、ため息が出た。顔に入っていた力も抜けたんだろう、高宮は表情の緩んだ俺を見て、嬉しそうに言った。 「うん。だよね? やっぱりステキだよね、陛下!」 ああ下部せ……? その日本語を理解するのに、たっぷり10秒はかかっただろう。 「…………へいか?」 やっと出てきた声も、変な具合にしわがれていた。 「そう陛下。これから毎日会えるなんて、ああっどうしよう。ドキドキしちゃう!」 そういう高宮の瞳はうっとりと潤んでいた。両手なんて祈るように組まれている。 その姿はまさに夢見る乙女とかいうやつで。まあ、手の間からぶら下がったビニール袋がやたらとマヌケではあるが。それでも傍目から見れば、もうメロメロってわかるわけで。 「な……な……」 上手く声が出てこない。錆びたロボットのような動きで向きを変えれば、話題の卵が偉そうに口をカパカパと動かした。どうも脱出するのは諦めたようだ。 「ふむ。余の話術に酔いしれるがよい! そして余を満足させてみよ! とーが。なつき」 「はいはい。陛下、ちょっと調子にのりすぎ。とにかくよろしくね、二人とも」 ……なんで、どうしてよりによってあんな卵なんだよ!? 女の趣味はわかんねぇーーー!! 俺の心の叫びは、やってきた宇宙人と変人の前ではとことん無力だった。 真実の愛、意味不明な方向へ進む。 |