それぞれの対応〜笑一の場合〜


 家に帰ると、玄関の前にミカンが立っていた。
 食べごろのオレンジ色。小枝のような手足。黒いビー玉のような二つの瞳。
 微動だにしないからただのイタズラかと思った瞬間、気配を感じたのかつぶらな瞳がこちらを見上げて、裂け目そのものの口がカパンと開く。

「ミカンマン参上!」
「そうか。俺は泉笑一だ」

 寒空の下、コートも着ていない制服姿の笑一はとりあえず自己紹介を返した。
 最近の駅前留学はここまで出来るのか、と内心少し感心する。
 そんな彼の足元で、ミカンはぴょんぴょん跳ねて口をパカパカさせて訴える。

「ミカン食え!」

「それは自虐的なネタか?」
 わずかに眉を寄せて笑一はつぶやく。
「……しかし笑いどころがわかりにくいな。む、このままでは笑いが……」
「コタツとセット! お得!」
「いや、ミカンは確かアルミ缶の上が最適らしいぞ。そう、つまり、アルミ缶の上にあるミカン」
 一陣の風が吹いた。
 飛び跳ねるのを止めたミカンが片手を上げてカパンと口を開ける。
「ミカン!」
「みかん……? ああ、未完、か? なるほど、未完成ということか。そうか、いいツッコミと言いたいところだが、一瞬考えなくちゃわからない笑いは減点だな」
 自分のことはさておき、笑一は勝手にまとめて、品のいい細工が施された茶色のドアに手を伸ばす。
「……悪いが、ここから先は入れられないんだ。俺も世話になっている身だからな」

「ミカン、食わない?」
「俺は、生きているものは必ず一回は笑わせるのが主義だ。食べてしまったらお前は笑えないだろう? だから今日は帰れ」

 言葉が通じたのか、ミカンは素直にコクリとうなづいた。
「探しても見っかんない、というのはなしだぞ。……ミカンだけに」
 笑一がそういい終わる前に、ミカンはトテトテと歩きながらその場を立ち去っていた。


 ――その夜、彼の同居部屋からは、必死にネタ帳を埋める笑一に苦情を言う、小学生のいとこの不快そうな声が響いたそうだ。

トップに戻る/小説畑に戻る