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「暑いなぁ……」 セミの鳴き声にうんざりしながら、何度目か数えるのもイヤになる呟きを繰り返す。 クーラーなんてないおんぼろアパートで唯一の涼を取れる文明の機器・うちわをパタパタと動かしていると、後ろから能天気な声が聞こえてきた。 「しもべ! しもべしもべしもべしもべー! 緊急事態であるぞ!」 振り返れば、畳の上を必死に走る卵……もとい、陛下の姿。春先に再び僕の元に来てから、その元気は衰えることがない。 どうでもいいけどあの赤いマント、暑くないのかな? 僕は見てて暑いんだけど。 だるくて窓際から動かずにいると、陛下は黒ゴマのような目をつり上げてまち針のような腕をぶんぶんと振り回した。 「聞いているのか、しもべ! 実に由々しき事態なのだぞ!」 「はいはい。で、何?」 「うむ、ひまわりの種がなくなった!」 結構どうでもよかった。 「陛下が食べ過ぎるのがいけないんだよ」 そう言って、うちわを扇ぎながら膝の上の教科書に目を落とす。 「うぬぅ、なんだそのやる気のない返答は!?」 「暑いから」 「暑くなどないぞ! たるんでおるな、しもべよ!」 おもわず出たため息は、部屋の温度に負けないくらいけだるかった。 僕は汗で張りつくTシャツの胸元をつかんでパタパタ扇ぎながら、薄暗いキッチンへと視線を向ける。 「陛下以外はみんな暑がってるよ。ほら」 そこにはバケツの中で楽しげに水につかっているレモン3人衆の姿。 「ごぼっ、こ、これは訓練である! いかに楽しく! あああ相手に羨望を感じさせるか! 各自精進せよ! ごぼっ、くっ、繰り返す、これは訓練であるぅうう!」 「は、隊長! とても楽しいのであります! ぷかぷかするであります!」 「せんぼー」 ちっちゃいって、こういう時に便利だよなぁ。 僕の視線に気づいたのか、微妙に一匹だけ溺れぎみのレレ隊長がバケツのふちにつかまって口をカパリと開いた。 「しもべ! お前、実家には帰らないのか?」 「うん? まあ、お盆には帰るつもりだけど」 「そうでありますか! 楽しみであります!」 「めしー」 嬉しそうにばちゃばちゃ水をこぼすレモン達。 ああ、あれ拭くの僕なんだけどなぁ、とぼんやり思いながら言葉を返す。 「でもお盆まで二週間はあるんだけど……。まさか、それまでずっといるつもり?」 「何を言う。しもべ父の出すめしは格別だぞ?」 「……あのさ、君たち暇なの?」 陛下の定期報告のために来ているはずのレモン三人衆は、何気に僕の部屋に居座っている。あっちの星ってそんなに人材が豊富なんだろうか。……それともやっぱり厄介払いなのかな。トラブルメーカーっぽいし。 でも、できれば僕の経済状態も考慮に入れて欲しいんだけど。切実に。 「ぐっ、暇などではないぞ!? 我ら女王陛下に忠実を誓った精鋭部隊でありその力は――」 「しもべ! 余は三時の食を所望する!」 「しもべ殿、なぜか水が減ったであります! 補給を要求するであります!」 「みずー、めしー」 「……君たちといると、秋にある教育実習が楽なものに思えるよ」 立ち上がった僕の膝から 『子供のしつけ』 の本が落ちて、ゆるやかにページが閉じていった。 夏はまだ、始まったばかりだ。 |