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家に帰ると、玄関の前にミカンが立っていた。 食べごろのオレンジ色。小枝のような手足。黒いビー玉のような二つの瞳。 微動だにしないからただのイタズラかと思った瞬間、気配を感じたのかつぶらな瞳がこちらを見上げて、裂け目そのものの口がカパンと開く。 「ミカンマン参上!」 「ああ、なんだ。やっぱり陛下の知り合いかな?」 こういった事態にすっかり慣れきっている下部は、にっこり微笑んでそのまま黒のコートから家の鍵を取り出した。 アパートの二階って冬だと風が強くて寒いよなぁ、と白い息を吐きながらぼんやり思う。 そんな彼の足元で、ミカンはぴょんぴょん跳ねて口をパカパカさせて訴える。 「ミカン食え!」 「え、食べて、いいの?」 ふいにスイッチが入ったかのように下部の顔が輝いた。寒さのためではなく頬がほんのり赤くなる。 「僕、てっきり君たちは食べちゃいけないものだと思ってたけど……」 「コタツとセット! お得!」 「うん、僕の部屋どっちもないけど。……そうか、食べていいんだ」 下部はしみじみといった口調でつぶやいて、跳ねるミカンを拾いあげた。 飛び跳ねるのを止めたミカンが片手を上げてカパンと口を開ける。 「ミカン!」 「ひとまずミカンはOK、と。じゃあもしかして陛下とかも……って、でもやっぱり食べたら食べたで社会的にも問題が起きそうな気がするんだよなぁ。第一、生きてるし。踊り食いかあ……うーん」 一人でブツブツとつぶやいていた下部は、やがてやんわりと諦めたような笑顔で小さく首を振ると、手のひらのミカンを見下ろした。 「……まだ極限状態じゃないし、ね。まあ、せっかく君もここまで来たんだし、お湯ぐらいは浴びていってよ。今日はレレ達も来るし。暖かいよ、お風呂」 「ミカン、食わない?」 「うん、ごめんね。困った時にまた来てくれると助かるけど」 言葉が通じたのか、ミカンは素直にコクリとうなづいた。 「それじゃあ、何もないけど。いらっしゃい」 カチャリと音を立てながら金属のドアを開け、下部はゆっくりと自宅に入っていった。 ――その夜、下部の部屋からは、レモンとオレンジの爽やかな香りが漂ってきたそうだ。 |