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「あ〜、あっちぃ」 真っ青な空に浮かぶ太陽と、アスファルトから発するむんむんとした熱気。 どんなにぬぐっても流れてくる汗は、プール上がりの赤い目にしみてヒリヒリと痛い。 「これじゃあ、プールに入った意味ないよな。ったく」 そんな呟きは、目覚まし大合唱のようなセミの声にかき消されてしまう。 ただでさえ夏期講習のプールというのはひたすら泳がされて疲れるだけ。なのに、帰りは午後の一番暑い時間帯。おかげで機嫌はどんどん急降下していく。 手に持ったプール袋のヒモが、ねじれて、足に当たって、またねじれて。これがまた不快度数を上昇させる動きでしかない。 「あつい。とにかくあつい……」 『ああもう、あっついあっついってウルサイわねぇ!』 通学路の大通りを抜けたとたん、突如聞こえるキンキン声。 横を向けば、瓦屋根の古い一軒家。その垣根に咲いた赤いアサガオから声は聞こえた。 『こっちはじっと耐えてんのよ! 水もないから花びらの潤いがなくなるし!』 「……」 『ちょっとぉ聞いてるの!? 私だってね、短い花の命を堪能したいのよ? なのにこんな暑い季節に花咲くせいで、みんなあっという間にしなびちゃうの! わかる!?』 「……しなびるのは、たぶん、アサガオだからだと思いますけど」 俺は周囲に誰もいないことを確認してから、なるべく小さい声で反論してみる。つい弱気が表に出たのか、敬語口調になってしまうのが悲しい。 『なによ? 花差別でもするつもり!?』 「や、そういうわけじゃ――」 その時、タイミング悪く玄関の戸が開いた。中から白髪の温和そうなおじいさんが出てきて笑顔を向けられる。 「おや。坊や、どうかしたかね?」 「あっ、いえ、キ、キレイなアサガオだなって」 あわてて取り繕うと、おじいさんは嬉しそうに顔のシワを深めて近づいてきた。 「おお、そうかいそうかい。坊やはお花が好きなのかい?」 「あ、はい」 反射的にうなづく。すると、おじいさんはうんうんと何度もうなづいて、例のアサガオに手を伸ばした。あっと思う間もなく、アサガオは蔓ごとちぎられてしまう。 『きゃあぁあああ!!!』 「ほら、坊や。持っていきなさい」 にこにこ微笑むおじいさんと、絶叫する一輪のアサガオ。 「…………アリガトウゴザイマス」 俺はマンドラゴラ顔負けのアサガオを受け取って、頭を下げた。 『あああひどいわひどいわ、私が何をしたっていうの。ただ美しく咲き誇りたかっただけなのに、こんな開花まっさかりの間にちぎられるなんて。あああついわあついわうっうっうっ』 あついあついっていうなと言ってたのは、どこの誰だよ……。 ずっと嘆き続けるアサガオを持って、頭痛を感じながら家にたどり着く。そのまま中には入らずに、俺は庭へと足を向けた。 「――ほら、これで涼しいんじゃないか?」 『でもこれって私の美しさがいけないのかしら。そう、一番美しかったからこんな悲劇の運命に選ばれてしまったのね。ああそれにしてもあついわあつ……あら?』 アサガオの声が止まる。 ようやく自分が水桶の中に浮かべられていることに気づいたようだ。 しばらく沈黙が続いて、やがてぽつりとした声が聞こえる。 『……まあ、悪くはないわね』 「それはどうも」 そのふてぶてしい声に、俺の顔には汗と同時に苦笑があふれていった。 ――その後、そのアサガオが完全にしおれてしまう一週間の間、ずっとなんだかんだとグチを言われ続けるのは、また別の話。 |