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家に帰ると、玄関の前にミカンが立っていた。 食べごろのオレンジ色。小枝のような手足。黒いビー玉のような二つの瞳。 微動だにしないからただのイタズラかと思った瞬間、気配を感じたのかつぶらな瞳がこちらを見上げて、裂け目そのものの口がカパンと開く。 「ミカンマン参上!」 「み、みかんまん……?」 立木達矢、もといタッチーはわずかにうろたえながらミカンを見下ろす。 なんだコレは。現実なのか? 落ち着け、冷静になれ。しかしこの現象、あの小野寺が喜びそうな……いや、待て。もしかしたら他のミカンと違うことによって、このミカンは虐げられてきたのかもしれない。だから一人でこんな仲間もいないところを……。 思わず涙腺がゆるみ、嗚咽が漏れそうな口元をおさえる。 そんな彼の足元で、ミカンはぴょんぴょん跳ねて口をパカパカさせて訴える。 「ミカン食え!」 「……っ! ダメだ、そんな風に自分の未来を悲観してはいけない!」 メガネをずらして滲んだ涙を勢いよく拭くと、彼はその場に座り込んで必死に言葉を続ける。 「生きていれば、いつか必ず良き日が訪れる! だから投げやりになってはダメだ。自虐なんて、それこそ意味もなく不必要に傷つくだけなんだぞ、ミスティオーヌ!」 「コタツとセット! お得!」 「そんな付加価値なんてつけなくてもお前は立派だ! もっと気を強く持て!」 零れる涙にも気づかぬように切々と訴えるタッチー。 飛び跳ねるのを止めたミカンが片手を上げてカパンと口を開ける。 「ミカン!」 「そう、ミカン。お前はお前。ただ、それだけでいいんだ」 わずかに微笑みながらタッチーは何度もうなづく。 「コタツなんて、必要ない」 「ミカン、食べない?」 「ああ。俺はお前に生きていてほしい。……生きてくれ」 言葉が通じたのか、ミカンは素直にコクリとうなづいた。 「そうか……良かった。本当に良かった」 ボロボロと地面に手をつけて泣くタッチーの腕を、小枝のような腕が慰めるように二度叩いた。 ――その夜、タッチーの部屋からは、ためらいがちに家のミカンに説得を試みる声が遅くまで聞こえたそうだ。 |