〜良い子に読みきかせたい童話集〜

借金取りと呪術師


 昔々、魔術と言えば黒でも白でもなく呪術が一般的だった頃、マリスという名の、それはそれは悪い借金取りの男がいました。
 どれだけ悪いのかというと、悪人と思われる人にはありがちのシチュエーション――雨の中、寒さに震えてか細く鳴く子ネコを道端で見つけたとき、

「……お前も俺と一緒か」

 と言って、普段の様子からは信じられないほど優しい仕草で子ネコを抱き上げるところを、マリスの場合、

「ああ? んだよ、うぜぇなこのクソ獣が! グズグズ鳴いてんじゃねぇよオラッ! くたばれクソ! このクソッ!」

 と言って、普段どおりの様子で子ネコに地面の泥水を蹴りつけるほどの悪い男でした。
 そんなマリスなので、担当地区である集落でも、金のためにそれはもう悪の限りをつくしたのです。その集落は実は呪術師達が住んでいる場所なのですが、マリスは少しも怖がらないで恐喝(怖い声で人を脅します)は当たり前、詐称(ウソをつきます)・破壊工作(見せしめで家の窓などを割ります)・嫌がらせ(部屋の入り口に大量のミミズをばら撒きました)などを毎日毎日、呪術師達にやり続けたのです。
 こまったのは呪術師達。
 気がつけば、最初にした借金より三倍近くも返済金がふくれ上がっていたのです。悪徳金融の恐ろしいところですね。
 そもそも人見知りで日の光が苦手な呪術師達は、依頼人と交渉するときや呪いに使う材料を買うときも、魔術画壁を使って映像だけで取引していました。そんな彼らは、他人が直接家に来るだけで人生が嫌になってしまうのです。
 ちょっとした集団鬱になりかけたころ、ようやく呪術師達は誰かのお家に集まって話し合うことになりました。
 真っ暗な部屋の中、黒いローブを着込んだ十数人の呪術師達はボソボソとつぶやきます。

「呪っとく?」
「うん」
「そだね」

 話し合いは数秒で終わりました。人を呪うことが仕事の彼らは、「ちょっと一杯飲んでかない?」「いいねぇ」と同じくらいの感覚で呪いをかけてしまうのです。
 これも一つの職業病。良い子のみんなは、将来職業を選ぶときはこの辺も気をつけて選びましょう。
 そんなわけで、彼らは力を合わせてマリスを呪う準備を始めました。ボソリボソリと声は続きます。

「イモリ使う?」
「あ、それ、瘴気の森にしかいない奴……」
「うんレア物。苦痛系に使うと、かなり効くよ?」
「いいな。じゃ、俺、とっておきのベヒモスの生き血」
「なら私は抜け毛」
「誰の?」
「ティスティア神殿の巫女。前に闇商人から買った」
「やっぱり。あそこ、品が通好みだよね」
「でもあの商人、めったに応答しないよな」
「うん。しかも高い」
「高いな」
「高い」
「……でも、欲しい」
「うん。……自力で集めるの、無理だし」
「ククク。みんな、借金の理由は同じ、か」
「方陣、ちょっと試したいのあるんだけど……」
「む、では、系統は?」
「……精神破壊系、です」
「あの、僕、操作系しか、その、できなくて」
「イモリあるから、苦痛系も混ぜない?」

 めったに外に出ないため、久しぶりに会った呪術師達は、ボソボソ声ながら普段より多く言葉を話しました。いつもは呪文を唱えるときか、独り言しか、しゃべる機会がないのです。
 人見知りなので視線は床に向けたまま、それぞれ得意の呪いをつぶやきつつ、みんなの意見を取り入れた呪いは、どんどん大規模な物へとなっていきました。
 もう、みんなにも、どんな呪いになるかわかりません。
 仕上げに呪方陣のまわりで踊ります。

「ぴっちょれぴっちょれ!」
「ぴっちょれぴっちょれ!」
「ぴっちょれぴっちょれ!」
「ぴっちょれぴっちょれ!」

 両手は上に、右足踏んではぴっちょれ唱え、左足踏んではぴっちょれ唱え。右足ぴっちょれ左足ぴっちょれ。
 ふわりふわりと黒いローブが、ぴっちょれぴっちょれ左右に揺れる。ぴっちょれぴっちょれ速度があがるよ。
 呪術師達の呪文と踊りに、呪方陣の中に置かれていたイモリや抜け毛や生き血がほのかなうす紫色の光に包まれていきます。その光は宙に浮き、ついには真っ暗な部屋から天井に向かって飛んでいきました。
 天井を突き抜けて、光はぐんぐん飛んでいきます。
 さあさあ、マリスはどうなってしまうのでしょうか?




 一方そのころ、マリスは呪術師達の集落に向かって歩いている途中でした。手には大きな棍棒がにぎられています。今日はこれでお家の壁をボコボコにするつもりなのです。
 マリスは棍棒を振りながら怖い顔で言いました。

「あのウゼェ黒い奴らめ、今日こそドス黒い血を見せてやる」

 おまけに、殺る気まんまんです。
 その時、そんなマリスの頭上から、あの呪術師達の作った紫色の光が雷のようにすごい速さで落ちてきたのです!

「ぴっちょれーーーー!」

 光を浴びたマリスは、叫び声をあげながら、ビクリと大きく痙攣をしました。
 呪術師達の呪いは大成功。
 ……のはずが、マリスはそのあと何事もなかったかのように首をかしげ、再び集落に向かって歩きだしたのです。
 どうしたことでしょう。みんなで力を合わせた呪いは失敗してしまったのでしょうか?
 そうこうしている間にも、マリスはじめじめとした森の中にある、呪術師達の集落にたどり着いてしまいました。手始めに右手に持った棍棒で肩をトントン叩きながら、一番手前の家のドアを足で蹴ります。
 ガタン、と音が家の中から聞こえました。
 呪いをかけ終わった呪術師達は、今まで引きこもって生きていたために、最初はともかく、じょじょに会話が続かなくなって、結局すぐに解散して自分の家に帰っていたのです。
 もう一度放たれたマリスの蹴りに、木製のドアはあっけなく吹っ飛んでいきました。

「うらぁ! なんだこのもろいドアはぁ!」
「ひっ、ひぃいいい!」

 家の中にいた呪術師は、真っ黒ローブをバサバサと振り乱しながらイモリの丸焼きを顔の前に掲げます。その姿は、まるで十字架を持って祈る聖職者のようでした。
 ガタガタと震える呪術師を前に、マリスは目を血走らせて大声で怒鳴ります。

「これでは台風が来た時とても危ないですよォオラッ! そんな細い体をしているのだから吹き飛ばされて死んだらどうなさるんです心配で胸がはりさけそうだってんだあウゲラ!」
「ひああ」

 怯えて尻餅をつく呪術師。ローブに隠れた顔は青くなって、涙目になっています。
 それとは対照的に顔を真っ赤にしたマリスは、持っていた棍棒でドアの修理を始めました。目の血走りは酷くなり、こめかみには血管が浮き出てきましたが、その手の動きは赤子を労わるかのように柔らかでしなやかです。
 あっという間にドアを直したマリスは、くるりと呪術師に向き直りました。その顔は人を殺した直後の獣のようで、今にも口から血が滴り落ちそうです。
 呪術師は震えながら「ああ、なんで俺、こんな根暗な人生送っちゃったんだろ。もっと弾けて遊んで彼女も作ってささやかな幸せとか味わっておけば良かった」と思いました。
 どんな人も、追いつめられるとなぜか、今までの自分の人生を悔いるものなのです。恐怖で人が支配できるのもその仕組みを利用しているんですよ。
 そんな人生を諦めてしまった呪術師に、マリスは肉食獣の笑みを浮かべて棍棒を振り上げます。

「ちょっと失敬、叩かせていただきますよォオオラァ!」
「ひいうあえああ、あがっ!」

 背を向けて逃げようとした呪術師は、マリスの棍棒で背中を力いっぱい叩かれて、白目をむいて気絶してしまいました。
 うつぶせに倒れた呪術師に馬乗りになるマリス。唇がめくれ、口の端からは泡を吹きながら、彼は棍棒を投げ捨てて両手で呪術師の肩をつかみます。

「ああもう、ほらこんなに肩がこってるじゃないですか、暗い部屋で本など読みふけるから体の骨も曲がるんですよォルァアアア! ウガアァ!」

 発作のように奇声を発しながら、マリスは丁寧に呪術師の全身をマッサージしていきます。ようやく立ち上がった時には、マリスの顔の色は真っ赤から、赤黒へと変化していました。額にまで青筋が浮かび、目は血走りすぎて白い部分が少なくなっています。もはやその姿は鬼神そのものです。
 そのままマリスは、再び棍棒を手にしてその場を立ち去っていきました。
 気絶したまま取り残された呪術師はというと、なんと、最初に叩かれた衝撃で猫背だった背骨が真っ直ぐになり、ほどよく筋肉がほぐれて、実に良い体調になっていたのです。
 その後も、他の家を回ったマリスによって、

「なんて部屋に住んでいるんですか注意一秒怪我一生なんですからせめてあなたのお体のために自分の周辺くらい気をつけろってんだァアリヤァアッ!」
「うひゃぁあああ」

 破壊された床が、実は腐っていて危ない状態だったり、

「共に生きる人生のパートナーにはちゃんと気を使ってやらないと、彼らは自分じゃ治せるものも治せないこともあるんですよォッラッシャァアア!」
「あひゃひゃあ、くさっ、臭、いっ……」

 ばら撒かれた臭い草を食べたペットのにょろりの病気が治ったり、

「暗い部屋に閉じこもってばかりでは体に悪いのですよ、自然と戯れ自然を感じ自然に感謝して共に生きてみるのも楽しいですゥリャガァアア! ッラァ! オラァ!」
「ああああ、ひぃ! はひぁ! へひゃっあうああ」

 外で殴られるのを避けているうちに、荒地が柔らかな土へと耕されたりしたのです。
 そう、マリスにかけられた呪い、それは――『呪われた本人にとって、世界で一番苦痛に感じる行動をしてしまう』というものでした。
 マリスにとって、人のためになることが一番嫌なこと。
 そのため、行動すればするほど顔は苦痛に満ちていくのです。そして呪いをかけた張本人である呪術師達は、身に染み付いてしまったマリスへの恐怖によって、その事実には気づけませんでした。さらには今まで以上に激しくなったマリスの行動のせいで、彼らはついに住んでいた土地を捨てて逃亡してしまったのです。わけがわからないマリスも、とにかく彼らから借金を取り立てるために追いかけます。
 こうして借金取りと呪術師達は、本人達が気づかないところで幸福を振り撒きながら、マリスが良いことをしすぎて憤死してしまうまで、仲良く追いかけっこを続けたのでした。

 めでたし、めでたし。



【本を朗読する保護者様へ】
 集団呪術のシーンでは、実際に踊ってみせたりするとお子様と楽しいひと時を過ごせると思います。
 ですがあまり小道具に凝りすぎたり、三日三晩踊り続けたりしますと、ぴっちょれ様が降臨してしまう可能性があるので、どうぞお気をつけ下さい。


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あとがき